メニュー043 あんパン①
【陸上自衛隊・番田視点】
八王子教育隊で教官を務める【番田】は、現在、とある喫茶店の道向かいに立っていた。
【喫茶異世界】
(変わった店名の喫茶店だ)
番田は、腕を組みながら店を監視している。
なぜ自衛隊の教官が、平日の昼間に喫茶店の前で張り込みをしているのか。
その理由は、一週間前の一本の電話にあった。
「こちら、八王子教育隊番田です」
「伏見だが」
受話器から聞こえてきた声は、教育隊の候補生、伏見唯の父親であった。
【伏見一等陸佐】
陸上自衛隊の幹部自衛官だ。
番田は、その声を聞いた瞬間、背筋を伸ばした。
「ふ、伏見一佐!本日はどのようなご用件でしょうか!」
緊張で声が上擦っている。
「ああ、番田君。いつも娘が世話になっているね」
「いえ!こちらこそ!」
「今日は君に聞きたい事があってね」
「聞きたい事でございますか!」
番田は、思わず居住まいを正す。
「実は、娘の唯の事なんだが。唯が『休日に危険な個人訓練をしている』という噂を耳にしてね。本当だろうか?」
番田は少し考えた。
(確かに伏見候補生は、休日になると、必ず外出をする)
(個人訓練を行っているのだろう)
(だが、伏見候補生の詳しい行動までは把握していない)
「はい。休日に外出して個人訓練に励んでいるようです。ただし休日はプライベートですので、どのような訓練を行っているのかまでは分かりません」
「そうか……」
伏見一佐は、少し考えるように沈黙した。
そして静かに言った。
「そこでなんだが、番田君に唯の休日の行動を調べて欲しいんだ」
「え?」
「無茶な訓練をしていないか、親としては心配でね。頼まれてくれるだろうか」
番田は「もちろんであります!」と即答した。
こうして番田は、現在、張り込みをしているのだった。
(伏見候補生は、休日にどんな個人訓練を行っているのだろうか)
(『不死身』と呼ばれている伏見候補生の訓練内容に、教官として興味がある)
だが、伏見候補生が真っ先に向かった場所は、一軒の喫茶店だった。
(確かに伏見候補生は、外出許可をもらいに来る時に『喫茶店に行くから外出したい』と言っていた)
(その時は、とても信じられなかったが、本当に喫茶店に来ている)
(過酷な訓練前の腹ごしらえだろうか)
そして番田は、コンビニの袋から『あんパン』と『牛乳』を取り出した。
(張り込みと言えば、やはり『あんパン』と『牛乳』だろう)
(刑事ドラマの定番だ)
番田が『あんパン』の包装を開くと、フワリと小麦の甘い香りに立ちのぼる。
番田は、大きな口でガブリと頬張った。
しっとりと柔らかな生地、そして奥から滑らかな粒あんが顔を覗かせる。
上品な甘さの小豆が、疲れた身体に優しく染み渡っていく。
昔ながらの素朴な味わいは、どこか懐かしい気持ちにさせてくれる。
続いて『牛乳』を飲む。
「ウマイな」
冷たい牛乳が、あんこの甘さを引き立てている。
「あんパンと牛乳は、最高の組み合わせだな」
番田は、満足そうに頷いた。
そして、喫茶店へ視線を戻す。
伏見候補生は、店内にいるが、この場所からでは中の詳しい状況がわからない。
番田は、思いきって店内に入る事にした。
「盗み聞きは趣味ではないが、任務だからな」
(伏見一佐から頼まれている以上、中途半端な報告は出来ない)
番田は帽子を深く被ると、喫茶異世界の扉を開いた。
店内へ入った瞬間、コーヒーのいい香りが漂ってきた。
「いらっしゃいませ~。1名様ですか」
北欧風美少女が声をかけてきた。
ブロンドの長い髪と蒼い瞳が印象的だ。
番田は「1人です」と静かに答える。
「こちらへどうぞ~」
案内されたテーブル席に腰を掛ける。
店内は思った以上に混んでいた。
(どうやら人気店らしい)
伏見候補生は、カウンター席に座っているようだ。
番田は、メニュー表を開いて思わず「ケバブ!?」と大きめの声が漏らしてしまった。
慌てて口を押さえる番田。
伏見候補生は気づいていないようだ。
喫茶店のメニューにケバブが載っている。
すると、北欧風美少女店員が得意げに言った。
「ケバブは、当店の人気メニューです」
「そ、そうですか。それではコーヒーとケバブをお願いします」
「ありがとうございます」
番田が注文を終えて一息つくと、カウンターから楽しそうな声が聞こえてきた。
伏見候補生の声だ。
番田は耳を傾ける。
「フィリアちゃんのおかげで、毎日元気に訓練出来ています!」
伏見候補生は、先程の北欧風美少女に話し掛けているようだ。
名前はフィリアというらしい。
フィリアは、ケバブを作りながら、伏見候補生の相手をしている。
そしてフィリアは、ケバブとコーヒーを番田のテーブル席まで運び「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターに戻っていった。
伏見候補生は、忙しそうに働くフィリアに、紙袋を差し出している。
「これはシュークリームです!最近フィリアちゃんは、シュークリームにドはまりしているとの情報を得ましたので!買って来ました!」
番田は、カウンターの様子を観察しながら、運ばれてきたケバブを食べていた。
香辛料の香り。
舌に感じる肉汁の旨み。
シャキシャキした瑞々しい野菜の食感。
「ウマイな」
続けて番田は、コーヒーを飲む。
「ウ、ウマイな」
どちらも驚くほど美味しい。
だが、今はそれどころではない。
『フィリアちゃんのおかげで、毎日元気に訓練出来ています!』
先程耳にした伏見候補生のこの言葉。
(そうか!)
番田の中で、一つの仮説が完成した。
(あのフィリアという女性は、伏見候補生のトレーナーか!)
(きっとそうだ、間違いない)
(伏見候補生を体力面、栄養面、精神面のあらゆる角度からサポートしている専属トレーナーだ)
(なるほど)
(伏見候補生は、休日に、専属トレーナーと訓練を行っていたのか)
番田は深く納得した。
(伏見候補生の並外れた体力の秘密は、あの専属トレーナーにあったという事か)
番田の視線が、カウンターに立つフィリアに向けられる。
「優秀なトレーナーだな……」
そして伏見候補生が立ち上がる。
「また来週来ますね!おかげで元気をもらいました!今日も、行ける所まで走って帰れそうです!」
(走って帰るだと!?)
(新宿から八王子まで!?)
(これから個人訓練を行うつもりか!?)
伏見候補生は、番田のテーブル席を横切ると、笑顔で店を出て行った。
番田は、伏見候補生に見つからないように、慌てて帽子を深く被る。
(急いで伏見候補生を追いかけないといけないが……)
(その前に、やらなければならない事がある)
(お世話になっているトレーナーへ、ご挨拶をしておかなければ)
番田は席を立つと、カウンターのフィリアの元へ向かうのだった。
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