メニュー041 酒を煽る宰相
【ルークベル帝国・ブレク視点】
ルークベル帝国では、古くから特別な魔法の才能を持つ者に、それぞれの役目が与えられていた。
『聖魔法を扱える者』は、【聖女】として大神殿へ迎えられる。
『転移魔法を扱える者』は、【宰相】として王宮へ仕える。
それは、数百年続く伝統だった。
ブレクが、転移魔法の才能に目覚めたのは8歳の頃だ。
ブレクは、父と同じ才能を得て、心の底から嬉しかった。
幼いブレクは、父を尊敬していた。
父は、聡明で優しくて、誰からも慕われる帝国の宰相だった。
ブレクは、夜になると、父に書斎へ呼ばれて、よく話を聞かされた。
「よいかブレク。お前は、私の跡を継いで宰相となる」
幼いブレクは、胸を張って「はい!」と答える。
父は、そんな息子を見て優しく微笑んだ。
「宰相とは、この国を良い方向へ導く事が務めだ」
「良い方向ですか?」
「そうだ。王族や貴族だけが幸せになれば良い訳ではない。農民、商人、職人など『全ての民が、笑顔で過ごす国』を目指さなければならない」
『全ての民が、笑顔で過ごす国』
それが父の口癖だった。
ブレクは、この言葉が好きだ。
だから、いつか父のような宰相になろうと本気で思っていた。
だが、父との幸せな日々は、突然終わりを迎える。
【薬師フィリアが国家反逆罪で処刑された】
王都中を駆け巡った『この事件』を境に、父は変わってしまった。
王宮へ行かなくなり、家に籠るようになった。
誰とも話さなくなり、朝から晩まで酒を煽るようになった。
そんな父を見たブレクは、いつかきっと『いつもの優しい父に戻る』と信じていた。
だが父は、日に日に痩せ細っていく。
ある夜、ブレクは、書斎から聞こえてくる父の声に耳を傾けた。
「クソッ!」
扉の向こうで、ガシャンと何かが倒れる音がした。
「本当は、こんな事したくなかった!」
父の怒鳴り声が聞こえてくる。
「俺は、なんて事をしてしまったんだ!」
父は、震えながら頭を抱えている。
「俺の手でフィリアさんを……」
酒を飲みながら項垂れる父の姿。
「俺は、この国の民を笑顔にするどころか、破滅に導いてしまった……」
父は、大粒の涙を流し、酒瓶をギュッと握り締めた。
「この国は終わりだ。俺の手で終わらせてしまったんだ……」
数日後―――
父は、自ら首を吊り、帰らぬ人となった。
ブレクは、その光景を、一生忘れる事は出来ない。
そしてブレクは、26歳の若さで、帝国の宰相となった。
父の跡を継いで……。
だが、彼の心にあったのは栄誉ではない。
疑問だ。
なぜ父は、命を断つほど追い詰められていたのか。
なぜ薬師フィリアの事を、何度も口にしていたのか。
その答えは、すぐに明らかになった。
ブレクは、薬師フィリアが『処刑された』のではなく『異界へ追放された』のだと知った。
【父の転移魔法】によって。
その時、全てが繋がった。
『本当は、こんな事したくなかった!』
『俺の手でフィリアさんを…』
『この国は終わりだ。俺の手で終わらせてしまったんだ……』
あの日、父は苦しんでいた。
父は、薬師フィリアの追放に反対していたのだ。
だが、皇帝の命令により、自らの転移魔法でフィリアを追放してしまい、自分自身を悔いていた。
そして父は、帰らぬ人となった。
◆
ブレクが宰相になって数ヶ月が経った。
ブレクは、大神殿の応接室で、必死に頭を下げている。
向かいの椅子には、聖女マリーが座っていた。
マリーは、高価な菓子をバリバリと食べながら「はぁ?」と眉をひそめる。
「私に『騎士団の魔物討伐に同行しろ』ですってぇ?」
「聖女様、お願い致します。ポーションが尽きてしまった今、聖女様のお力に、おすがりするしかございません」
ブレクは、深々と頭を下げたまま、そう答えた。
ポーションがなくなってから、騎士団は深刻な被害を受け続けている。
ポーションで治せる傷が治療出来ない。
ポーションで助かる命が失われていく。
「聖女様、このままでは、多くの騎士を失ってしまいます」
するとマリーは、菓子を口に含みながら鼻で笑った。
「アンタも父親に似てバカなのねぇ。騎士なんて、いくらでも替えがきくじゃないの。失った騎士は補充しなさいよ」
ブレクは絶句した。
目の前の聖女は、本気で言っている。
国を守るために、命を懸けて戦う騎士達を、この聖女は駒程度にしか思っていない。
「ですが……」
「しつこいわね。私は忙しいの。ちょっと神官!お菓子が、なくなってしまったわ!おかわりを持って来て!」
ブレクは『何が忙しいのか』と思った。
毎日、大神殿で贅沢三昧しているだけではないか。
だがブレクは、宰相として、グッと聖女の言葉を飲みこんだ。
「聖女様!どうか!どうか騎士達を!」
「本当にしつこいわねぇ。あのバカ親父そっくりだわ。これ以上、アンタと話す事はないわ。私室に戻ります。ちょっとノロマ神官!お菓子のおかわり急ぎなさいよ!何度も言うけど、私は忙しいのよ!」
ブレクは、怒りの感情を押し殺し、私室に戻るマリーの後ろ姿を見つめていた。
◆
その夜、ブレクは亡き父の書斎にいた。
ブレクは、酒瓶を取り出してグラスへ注ぐ。
琥珀色の液体が揺れる。
そして一気に飲み干した。
喉が焼ける。
だが、心は晴れない。
父も、こんな気持ちだったのだろうか。
父が毎日酒を飲んでいた理由が、宰相となった今、よく理解出来る。
食料や薬の不足、増え続ける死傷者、苦しむ民……。
全てが悪化している。
原因は明白だった。
ブレクは、酒瓶をギュッと握り締めた。
その姿が、あの日の父と重なる。
「あの女だ……」
【聖女マリー】
あの女が、全ての元凶だ。
食料危機も。
騎士の窮地も。
病気や怪我で苦しむ民も。
父が命を断った理由も。
全て、あの女に繋がっている。
ブレクは、再び酒を煽った。
あの日の父のように……。
父の口癖が脳裏に蘇る。
『よいかブレク……』
『宰相とは、この国を良い方向へ導く事が務めだ』
『全ての民が、笑顔で過ごす国を目指さなければならない』
今のままでは駄目だ。
このままでは国が滅ぶ。
ブレクは、酒瓶を持ったまま、ゆっくりと立ち上がった。
窓の外には、夜の王都が広がっている。
王都の灯りの一つ一つに、民の暮らしがある。
守らなければならない。
父が守ろうとした『この国』を。
ブレクは、酒瓶を強く握り締めて言った。
「あの聖女を……排除しなければならない」
その瞳には強い決意が宿っている。
国の未来のために。
父の遺志を継ぐために。
酒を煽る若き宰相は、静かに覚悟を固めるのであった。
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