表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/60

メニュー040 シュークリーム②

 「……あなたたち……何してるの?」


 背後から静かな声が聞こえ、男達の動きが止まった。


 フィリアの腕を掴んでいた男も、思わず手を離し、苛立ったように振り返る。


 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 黒い短髪にボーイシュな服装、瞳に光はなく、どこか影がある印象の少女だ。


 男達の一人が舌打ちした。


 「はぁん?なんだてめぇは?」


 別の男が少女に話しかける。


 「お前、あれだろ?いつも西宝ビルの周りをうろついている西横キッズだろ?」


 すると少女は「……キッズじゃない……二十歳になったから……もう大人……」と静かに答えた。


 そして次の瞬間―――


 少女は、ポケットから小さなナイフを取り出した。


 男達の顔色が変わる。


 「な、なんでナイフなんか持ってやがる!?」


 すると少女は、淡々とした口調で「ここは歌舞伎町……あなた達みたいなグズがいる街……だから護身用……」と言った。


 「ハ、ハッタリだろ……」


 男がそう言った瞬間、少女は、ナイフの刃先を男の首元へピタリと向けた。


 その光のない瞳には、一切の冗談が感じられない。


 「私は……孤独……」


 静かな声だった。


 男達は、ひるんでいる。


 「私が刑務所に入っても……悲しむ人はいない……試してみてもいいけど……」


 男達の顔から血の気が引いていく。


 「わ、わかった!」


 「もう、やめてくれ!」


 「行こうぜ!」


 男達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。


 少女は深く息を吐いて、ナイフをしまった。


 フィリアは、慌てて頭を下げた。


 「ありがとうございます!本当に助かりました!」


 「お姉さん……ここは歌舞伎町……前より治安は良くなったけど……あんなクズもいるから気をつけて……」


 少女は、そう言って立ち去ろうとする。


 フィリアは、慌てて追いかけた。


 「お待ち下さい!お礼をさせて下さい!」


 少女は困ったような顔を見せている。


 「……別にいい」


 「いけません!貴方様は、私とシュークリームの恩人です!」


 「……シュークリーム?」


 結局少女は、フィリアに押し切られる形で、喫茶異世界へ向かう事となった。




 閉店後の喫茶異世界。


 少女は、落ち着かない様子でテーブル席に座っている。


 テーブルには、コーヒー2杯とシュークリーム8個が並んだ。


 フィリアも席に座り「それでは一緒に頂きましょう」と声をかけた。


 そしてフィリアと少女は、互いにシュークリームを手に取った。


 こうしてフィリアは、ようやく『ご褒美の時間』を迎えた。


 フィリアが薄い生地をかじった瞬間、たっぷり詰まったカスタードクリームが、口の中に溢れ出した。


 濃厚な卵の風味。

 クリームの優しい甘さ。

 口いっぱいに広がる幸福感。


 疲れた身体へ甘味が染み渡る。


 フィリアは思わず目を閉じて「幸せです……」と呟いた。


 少女もシュークリームを一口食べた。


 サクッとした生地の食感に続き、冷たいクリームが舌を包み込む。


 少女の目に光が宿る。


 少女は、静かな口調で「……美味い」と言った。


 「シュークリーム、美味しいですよね。私の好物なんです」


 フィリアは嬉しくなった。


 閉店後の店内で、誰かと食事をするのは久しぶりだった。


 そして二人は、静かにコーヒーを飲んだ。


 少女のカップを持つ手が止まる。


 「こんなに美味しいコーヒー……初めて飲んだ……」


 フィリアは笑顔で「ありがとうございます」と答えた。


 コーヒーの苦味が、甘いクリームの余韻を引き立てる。


 そしてフィリアは、改めて少女にお礼を言った。


 「私は、フィリア・アンダルシアと申します。この度は危ない所をお助け頂き、本当にありがとうございました。その……お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


 少女は、少し視線を逸らした。


 そして小さく答える。


 「……蘭……日向(ひなた) (らん)


 「あの……蘭さんは、あの男達から『西横キッズ』と呼ばれておられましたが……」


 「いつも『新宿西宝ビル』の近くにいるから……街の人達から……そう呼ばれてる」


 フィリアの脳内では、別の解釈が始まっている。


 『新宿西宝ビル』とは、あの巨大な『神獣様 (ゴジラ像)』がある建物。


 つまり―――


 蘭さんは、毎日、新獣様のお側で祈りを捧げているのか!


 フィリアは感動した。


 「蘭さんは、この街で、どのような活動をなさっているのでしょうか」


 蘭は少し考えた後、小さく答える。


 「……パパ活」


 フィリアは、即座に言語理解能力を発動した。


 パパとは……父親。


 パパ活は……パパ活動。


 つまり、父親活動!


 蘭さんは、父親代わりとして、困っている子供達を支援している活動を行っているのか!


 フィリアは戦慄した。


 なんという高潔な行いだろうか。


 日々、神獣様へ祈りを捧げ。


 迷える子供達を導き。


 危険を顧みず人助けを行う。


 は!?


 まさか!?


 フィリアは、全て理解した。


 蘭さんは、この異界の国の【聖女様】か!


 新獣様のお側で、毎日祈りを捧げながら、民のために尽くす聖女様!


 帝国の『偽りの聖女マリー』とは違う『本物の聖女様』!


 フィリアの蒼い瞳は、尊敬でキラキラ輝いている。


 「蘭様は素晴らしいお方です!」


 蘭は「蘭……様?」と、戸惑いの表情を見せている。


 一方フィリアは、感動で胸がいっぱいになった。


 聖女様なら当然、大神殿に住まわれているはずだ。


 お礼も兼ねて、ご挨拶に伺わなくてはいけないだろう。 


 「あの~、蘭様は、どちらにお住まいなのでしょうか?」


 蘭は少し黙った。


 それから視線を落とす。


 「住まいは……ない」


 フィリアは硬直した。


 住まいがない!?


 つまり―――


 財産を、全て民へ施したという事か!?


 自らの快適な生活を捨てて、困窮する人々へ与え続けた。


 なんという献身な聖女様だろう。


 フィリアの瞳が潤む。


 まさか……そこまでなさるとは……。


 「大神殿の快適な生活を捨てて、頑張っておられるのですね。素晴らしいです!感動です!」


 「……?」


 「蘭様!」


 フィリアは立ち上がった。


 そして、勢いよく蘭の両手を握る。


 「ぜひ我が家へ!」


 「……???」


 「ここの2階をお使い下さい!狭いですが、それでもよろしければ!」


 数秒、沈黙が流れる。


 そして―――


 「……?????」


 蘭は完全に固まってしまった。


 これは、歌舞伎町で、一人孤独に生きてきた蘭にとって、理解出来ない展開だった。


 こうして、異世界から来た【天然薬師フィリア】と歌舞伎町を生きる【聖女?蘭】の奇妙すぎる共同生活が幕を開けるのだった。 




 読んでいただき、ありがとうございました。


 【ブックマーク登録】や【★★★★★評価】で応援を頂けますと、とても励みになります。


 どうぞよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ