メニュー039 シュークリーム①
喫茶異世界、閉店後の午後。
フィリアは、カウンターの椅子の背もたれに、ぐったりと身体を預けていた。
「今日も疲れました……」と、疲労困憊のフィリア。
ここ最近の喫茶異世界は、かつてないほどの大盛況だった。
テレビ取材の影響は想像以上に大きく、さらにSNSで話題となった事も重なり、連日多くの客が店を訪れている。
ケバブを求める客。
コーヒーを飲みに来る客。
そして何より―――
フィリア目当ての客。
店内では、毎日、フィリアとの写真撮影会が開催されていた。
この前まで、客が少なくて頭を抱えていた事を思えば、これは嬉しい悲鳴だった。
フィリアは「頑張ったご褒美が必要ですね」と、カウンターの椅子から立ち上がる。
人間には休息が必要だ。
そして、疲れた時には『甘い物』が良い。
これは、最近学んだ異界の知識だ。
フィリアは、制服姿のまま店を飛び出した。
目的地は決まっている。
最近、通いつめている『コンビニ』だ。
フィリアは、軽やかな足取りで、夕暮れの街を進んでいく。
そして数分後―――
コンビニの自動ドアが開いた。
フィリアが店内へ足を踏み入れた瞬間、聞き慣れた声が響く。
「いらっしゃいませ~」
レジには、いつもの女性アルバイト店員が立っていた。
フィリアは、この女性店員を『魔導師様』と誤解している。
帝国において魔導師は、貴族と同格の地位を持つ。
魔導師は、高度な魔法技術を熟知した尊敬すべき存在だ。
そして、このコンビニの魔導師様は、毎日、魔法で店内の温度管理を行い、魔法の機械を操り、瞬時に会計を終わらせる。
フィリアは、胸に手をあてて、女性店員に挨拶をする。
「魔導師様、いつも大変お世話になっております。本日もよろしくお願い致します」
すると女性店員は、慣れた様子で「はいはい、こんにちは~」と答えた。
女性店員は、最初の頃は驚いていたが、今では完全に受け流している。
フィリアの事を『日本のアニメが好きすぎて、異世界キャラになりきっている外国人』と思っているようだ。
一方フィリアは、魔導師様への挨拶を終えると、真っ直ぐ店内のスイーツコーナーに向かった。
フィリアは「……これです」と、目を輝かせている。
『シュークリーム』
黄金色の生地の中に、たっぷりとクリームがつまった、異界が誇る素晴らしい発明品。
フィリアは、迷わず手を伸ばす。
1個取る。
2個取る。
3個取る。
4個取る。
5個取る。
6個取る。
7個取る。
8個取る。
そして、両手いっぱいにシュークリームを抱えて、満面の笑顔でレジへ向かった。
女性店員は『店のシュークリームを全部買い占めた!』と驚愕している。
フィリアは、少し前まで『栗まんじゅう』がマイブームであった。
そして最近は、この『シュークリーム』に、ドはまり中なのだ。
会計を終えたフィリアは、上機嫌で店を後にした。
帰り道、レジ袋を持って街を歩いていると、周囲の人々が、フィリアを見て話をしている。
「ねぇ、あの子じゃない?」
「最近話題の『異世界の美少女』でしょ?」
「喫茶店の名前が『異世界』だから『異世界の美少女』って呼ばれてるらしいよ」
「新宿ゴールデン街の喫茶店で、ケバブを売ってるんだって」
「へぇ~、あんなディープな場所に喫茶店なんてあるんだ~」
一方フィリアは『誰の話をしているのだろう』と、自分の事だと気づいていない様子だ。
フィリアは、周囲の話し声を聞いて『近くに美少女がいるらしい』とキョロキョロ辺りを見回している。
その時だった。
派手な格好をした若い男達が、フィリアに絡んできた。
「おっ、異世界の美少女発見!」
「テレビで見た!本物じゃん!」
「めちゃくちゃ可愛いな!」
フィリアは足を止めた。
数人の男達が、ヘラヘラと不適な笑みを浮かべながら、フィリアに近づいてくる。
「お嬢ちゃん、どこ行くの?」
「もし良かったら、俺達と遊ばない?」
フィリアは「申し訳ありません。急いでおりますので」と丁寧に断った。
だが、男達は道を譲らない。
「せっかく会ったんだしさ」
「これから一緒に遊ぼうぜ」
フィリアは、困惑した様子で「け、結構です」と答えた。
男達は、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「なんならホテルとか行っちゃう?」
「ヘッヘッヘ」
フィリアを取り囲む数人の男達。
逃げる隙がない。
「ですから結構です。これからシュークリームを食べなければなりませんので」
「シュークリーム?」
「可愛い~!」
「お兄ちゃん達が、もっと美味しいシュークリームを奢ってあげるよ~!」
男達はゲラゲラと笑っている。
フィリアは『なんて下品な笑い方だろう』と嫌悪した。
男達は、一向に引き下がらず、むしろ面白がっている。
フィリアは、この世界に来て、一番の戸惑いを見せていた。
そして一人の男が、フィリアの腕をつかんだ。
「ほらほら、行こうぜ~」
「は、離していただけますか!」
フィリアは、腕を捕まれながら、必死に訴えるのであった。
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