メニュー038 ケバブ②
フィリアがケバブ修行を始めてから、1ヶ月が過ぎた。
この1ヶ月、フィリアは毎日のように屋台でケバブを作っていた。
喫茶異世界の営業時間は午前8時から午後2時まで。
閉店後、エプロンを外したフィリアは、急いでケバブ屋台へ向かう。
そして、夜までアルバイトをしながら、ケバブ作りを学んだ。
こうしてフィリアは、1ヶ月間限定のアルバイト店員となった。
肉の下味、香辛料の配合、火加減、肉を削ぐ角度、野菜の切り方、ソースの作り方……。
ケバブ作りは、簡単そうに見えて奥が深い。
最初の頃は、肉を削りすぎて怒られた。
野菜を詰め込みすぎて笑われた。
ソースをかけすぎてパンをビショビショにしてしまった事もある。
それでもフィリアは諦めなかった。
そして、毎日少しずつ上達していった。
何より楽しかった。
店員達も、そんなフィリアを気に入っていた。
「フィリア、今日の肉は、いい焼き加減だ」
「ありがとうございます」
「もう立派なケバブ職人だな」
トルコ語で会話をするフィリアと店員達。
やがて1ヶ月が過ぎ、フィリアはケバブ修行を終えた。
「フィリア、もうケバブ作りは完璧みたいだな」
「頑張れよフィリア」
「お前の店の新メニュー、食べに行くからな」
「1ヶ月間、お世話になりました」
フィリアは、店員達に別れを告げてケバブ屋台を後にした。
そして、1ヶ月分のアルバイト代を握りしめ、厨房機器店へ向かった。
そこで購入したのは、小型の中古ケバブグリルだ。
新品には到底手が届かなかったが、それでもフィリアにとっては大きな買い物だった。
店へ運び込まれたケバブグリルを見た時、フィリアは胸が高鳴った。
これで、自分の店でもケバブが作れる。
数日後、喫茶異世界の新メニューの販売が始まった。
喫茶異世界の入口には、新たな手書き看板が置かれていた。
【新メニュー・ケバブ始めました♪】
【テイクアウト出来ます】
その文字の横には、フィリアが描いた少し歪な肉の絵が添えられている。
開店後、フィリアはケバブを焼き続けた。
こんがり焼けた肉を削ぎ落とす。
シャキシャキの野菜と肉をパンに挟む。
特製ソースを掛ける。
喫茶異世界のフィリア特製ケバブが完成した。
新宿ゴールデン街の趣ある喫茶店。
そこで、蒼い瞳の北欧風美少女がケバブを焼いている。
どう考えても、異色な組み合わせだった。
だが、その異色さが人々の興味を引いた。
「なんだあの店?」
「喫茶店なのにケバブ売ってるぞ」
「しかも可愛い子が作ってる」
口コミは瞬く間に広がっていく。
観光客が写真を撮る。
外国人旅行客が足を止める。
SNSにも写真が投稿され始める。
そして―――
テレビ取材のオファーが来た。
ある日の午後、喫茶異世界の前にテレビカメラがやって来た。
番組名は―――
【バツコデラックスの午後に夢中】
東京ローカルの人気情報番組だ。
フィリアは緊張していた。
テレビとは『たくさんの人が見る魔道具』。
フィリアも毎晩、テレビでアニメを視聴をしている。
「バツコさん入られま~す!」
テレビディレクターの掛け声と共に、一人の大物タレントが店にやって来た。
店の扉が開き、カランと鈴の音が店内に響く。
「まもなく生放送の中継開始しま~す!」
そして生放送が始まり、カメラを向けられ緊張するフィリア。
店に入って来たのは、大きな女性だった。
どうやら、この女性が『バツコ』らしい。
とにかく大きい。
フィリアは、バツコを見て思わず「オ、オ、オークが来ました」と失言してしまった。
フィリアの失言で、静まり返る店内。
数秒後―――
「誰がオークよ!」
バツコの怒号が店内に響いた。
「ぶっ飛ばすわよ!」
「申し訳ありません!」
フィリアは即座に謝罪した。
ディレクターは頭を抱えている。
店内に緊張感が走る。
生放送開始30秒で放送事故が起きていた。
「まあいいわ。面白いから許してあげる」
バツコは、そう言いながら席に座る。
ホッと胸を撫で下ろすフィリアとディレクター。
フィリアは、大急ぎでケバブを用意した。
焼きたての肉、たっぷりの野菜、特製ソース。
「お待たせ致しました。ケバブとホットコーヒーです」
バツコは、豪快にかぶりついた。
ムシャムシャ……。
ケバブを無心で食べ続けている。
そしてコーヒーを飲む。
ゴクゴクと勢いよく飲み干した。
バツコは感心したように頷いた。
「意外といけるわね」
フィリアは「ありがとうございます」と笑顔で答えた。
「ケバブとコーヒーなんて変な組み合わせだと思ったけど、なかなか美味しいわ」
一方その頃、店の隅では別の戦いが行われていた。
権蔵と銭湯の常連達、そしてケバブ屋台の店員達が、テレビに映ろうと頑張っている。
カメラが向くたびにピースサイン。
笑顔。
さらにピース。
もはや必死だった。
その中でも権蔵は、特に気合いが入っていた。
真っ赤なジャケット、真っ白なパンツ、金色に光る革靴、首には派手なスカーフ、さらにサングラス。
新宿ゴールデン街にテレビが来ると知り、張り切りすぎた結果、海外スターのような服装でやって来たのだ。
ディレクターが、権蔵を見て「なんだあの男は……」と小声で呟く。
カメラマンも困惑している。
銭湯の常連達が「権蔵さん、気合い入り過ぎだろ」とざわついている。
ケバブ屋台の店員達が「アノオトコハ、ニホンノ、スーパースターデスネ」と勘違いしている。
権蔵は、満面の笑みで、カメラに向かってピースサインを続けている。
そして生放送終了後―――
番組は予想以上の反響を呼んだ。
特にSNSで大騒ぎになった。
《フィリアちゃん可愛い》
《フィリアちゃん神》
《神がコーヒーとケバブを売っているらしい》
《変な格好の常連客がいる》
《トルコ人が派手な常連客からサインをもらってる》
《バツコとフィリアちゃんの顔の大きさが違いすぎる》
《新宿に異世界という喫茶店があるらしい》
《異世界に行きたい》
《フィリアちゃんは異世界の美少女》
《フィリアちゃんに会いたい》
《ケバブとコーヒーの組み合わせが気になる》
《あの派手な常連客が気になって内容が入ってこない》
所々、妙な反応は混ざっているが、テレビ取材は大成功となった。
そして放送翌日、喫茶異世界に大行列が出来たのだった。
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