表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/60

メニュー037 ケバブ①

 「権蔵さんが、どんどんお洒落になっていく……」


 フィリアは、サイフォンの前で困惑していた。


 昼下がりの喫茶異世界には、コーヒーの香ばしい香りが漂っている。


 カウンター席には権蔵が座っていた。


 その姿は数ヶ月前とは、まるで別人だった。


 以前の権蔵は、無精髭を生やし、くたびれた上着を着た怪しい中年男だった。


 今の権蔵は違う。


 髪は綺麗に整えられ、髭も綺麗に剃られている。


 濃紺のジャケットに白いシャツを合わせ、首元には落ち着いた色のストールまで巻いていた。


 革靴は磨き上げられ、腕時計まで洒落た物に変わっている。


 フィリアは、そんな権蔵をチラチラ見ながらコーヒーを差し出す。


 「ど、どうぞ。ホットコーヒーです」


 「ああ、ありがとう。いつもながら素晴らしい香りがするコーヒーだな」


 「……???」


 口調まで変わっている。


 権蔵は、優雅にコーヒーを飲み始める。


 もしかすると権蔵は『変身魔法』でも覚えたのだろうか。


 フィリアが、そんな事を考えていると、権蔵が口を開いた。


 「なあフィリア」


 「はい」


 「客を増やしたいなら、テイクアウトメニューを出したらどうだ?」


 「ていくあうとメニュー?」


 「持ち帰り出来る料理の事だよ」


 権蔵はコーヒーを飲みながら説明する。


 「新宿は観光客が多い。だから観光客向けに食べ歩き出来る料理を出せば、客足が増えるじゃねぇか」


 フィリアは目を丸くした。


 確かに理にかなっている。


 この街には異国から来る旅人も多い。


 その旅人向けに料理を出せば、新しい客層を取り込めるかもしれない。


 「なるほどです!」


 フィリアは勢いよく立ち上がった。


 「少し探してきます!」


 「お、おい!」


 権蔵が呼び止める間もなく、フィリアは店を飛び出していた。


 権蔵は、店の看板を『close』にして額を押さえている。


 「ったく、俺の会計を忘れてやがる」


 権蔵の口調が素に戻っている。


 一方フィリアは、真剣な表情で街を歩いていた。


 持ち帰り出来るメニュー。


 どんな料理がいいだろう。


 そんな事を考えながら歩いていると、不意に香ばしい香りを感じた。


 肉が焼ける匂い、香辛料の刺激的な香り。


 食欲を強烈に刺激する香りだった。


 フィリアは、吸い寄せられるように路地へ入る。


 そこには一軒の屋台があった。

 

 巨大な肉の塊が縦に刺さり、ゆっくりと回転している。


 周囲には異国風の装飾。


 店員達は、この国の民ではないようだ。


 褐色の肌を持つ男達が、陽気に声を掛け合っていた。


 「ゲバブ!オイシイヨ!」


 「……けばぶ?」と呟くフィリア。


 「オイシイヨ!ヒトツカウ?」


 「お願いします」


 フィリアは、一つ注文した。


 巨大な肉の塊は炎で炙られている。 


 表面はこんがりと焼け、肉汁が滴り落ちていた。


 店員は長い包丁で肉を削ぎ落とし、薄いパンへ挟んでいく。


 そこへ野菜を乗せ、白いソースをかける。


 「カラサ、エラベル。ドレニスル?」


 どうやらケバブの辛さを選択する仕組みらしい。


 フィリアは、中辛を選択する。


 そして、あっという間に完成した。


 「ハイ!ケバブ!」


 店員が元気よく差し出した。


 「ありがとうございます」


 フィリアが、一口頬張る。


 その瞬間―――


 「……っ!」


 脳が揺れた。 


 肉汁が弾けた。


 香辛料の香りが、鼻を駆け抜けた。


 肉の旨味が押し寄せたかと思えば、シャキシャキの野菜が追い掛けてくる。


 さらに濃厚なソースが、全てをまとめ上げる。


 一口目を飲み込む。

 二口目を食べる。

 三口目を食べる。


 辛味と旨味のバランスが絶妙で、気がつけば手が止まらくなっていた。


 思考が止まるほど美味しかった。


 フィリアは、瞬く間にケバブを完食した。


 そして、真剣な顔で店員達へ向き直る。 


 「教えて下さい!」


 「オシエル?ナニヲデスカ?」


 「この料理の作り方を教えて下さい!」


 店員達は困惑している。


 そして、異国の言葉でコソコソと相談を始めた。


 フィリアは耳を傾ける。


 この国で初めて聞く言葉だ。


 だが、言語理解能力で理解は出来る。


 フィリアは、店員達に話し掛けた。


 「私の喫茶店の新メニューにしたいのです」


 流暢なトルコ語だった。


 店員達が固まる。


 数秒後―――


 「えっ!?」


 「トルコ語!?」


 「なんで話せる!?」


 ケバブ屋台は、大騒ぎになった。


 フィリアは咄嗟に答えた。


 「あ、兄がトルコ出身です」


 もちろんフィリアに兄はいない。


 店員達は納得した。


 「なるほど!」


 「そういう事か!」


 フィリアのトルコ語がきっかけとなり、店員達と一気に打ち解ける事が出来た。


 そして、あっさり話はまとまった。


 フィリアは、ケバブの作り方を教えてもらえる事となった。


 肉の味付け、香辛料の配合、焼き方……。


 陽気な店員達が、ケバブに関する様々な事を教えてくれる。


 フィリアは興味津々だ。


 特に、巨大なケバブグリルには感動した。 


 肉が回転している。


 ただそれだけなのに格好良い。


 フィリアは、ケバブ作りに夢中になった。


 その時、不意にマスターとの会話を思い出した。


 マスターから、喫茶異世界のメニューを教わっていた時の会話だ。




 ~フィリアとマスターの会話~



 『マスターから教わったメニューが、少なすぎます……このメニューだけで、本当にやっていけるでしょうか?』


 『これでいいんだよ』


 『ですが……』


 『むしろ少ない方がいい……新しいメニューを考えるのが、一番面白いんだ』




 この時のフィリアは、マスターの意図が分からなかった。


 今なら分かる。


 新しい料理と出会う。


 知らない技術を学ぶ。


 それを自分の店へ取り入れる。


 フィリアは、自然と笑顔になった。


 マスターの言う通りだ。


 新しいメニューを考えるのは、本当に面白い。


 こうしてフィリアは、毎日、喫茶店が閉店してから、屋台で働きながらケバブを学ぶ事になった。


 喫茶異世界の未来を変えるかもしれない、フィリアの新しい挑戦が始まった。 




 読んでいただき、ありがとうございました。


 【ブックマーク登録】や【★★★★★評価】で応援を頂けますと、とても励みになります。


 どうぞよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ