メニュー034 栗まんじゅうお化け③
【同日同時刻・フィリア視点】
フィリアは、ソワソワと落ち着かない様子で喫茶異世界に立っていた。
今日は火曜日だ。
店内とカウンターを行ったり来たりしながら、何度も懐中時計を確認する。
時刻は、お昼12時を回ったばかり。
針はゆっくりと進んでいる。
今日は『あの女』が来る日。
週に一度、必ず現れる女。
闇ギルドの『詐欺師』兼『暗殺者』兼『スパイ』。
そして何より、この店を狙う危険人物。
フィリアは、真剣な表情で腕を組んだ。
マスターから譲り受けた大切な店だ。
絶対に守らなければならない。
あの女に騙されるわけにはいかない。
先週も怪しかった。
先々週も怪しかった。
その前も怪しかった。
つまり毎回怪しいのだ。
これだけ怪しいのだから、もう怪しいを通り越して警戒より驚きが勝っている。
だが油断大敵だ。
フィリアがそんな事を考えていると、店の扉が開いた。
カランと鈴が鳴る。
来たっっ!!
フィリアは、反射的に背筋を伸ばした。
視線の先には、唯が立っている。
笑顔だった。
とても爽やかな笑顔だ。
だが騙されてはいけない。
詐欺師は、まず笑顔で近づいてくると聞く。
優しい笑顔の裏に隠された恐ろしい本性を、自分だけは見抜いている。
いつも手ぶらでやって来るが、今日は両手に紙袋を抱えている。
『飛勢丹新宿店』の紙袋のようだ。
いや、カモフラージュだろう。
あの紙袋の中には、スパイ活動で手に入れた国家機密の書類が入っているに違いない。
やはり恐ろしい女だ。
フィリアは警戒を強める。
唯は、笑顔でカウンター席に座った。
「フィリアちゃん、こんにちは!いつものをお願いします!」
『いつもの』
なんて恐ろしい言葉だ。
常連を装い、店への浸透を図っているのだ。
さすが優秀なスパイと認めざるをえない。
フィリアは小さく頷くと、コーヒーの準備を始めた。
お湯を沸かし、豆を挽き、コーヒーを淹れる。
唯は、その姿をじっと見つめる。
ものすごくジロジロ見られている。
まるで獲物を観察する肉食獣のようだ。
フィリアは内心震えていた。
一瞬たりとも隙を見せるわけにはいかない。
そしてフィリアは、出来上がったコーヒーをカウンターに運んだ。
唯は、ゆっくり口をつけ、独り言のように呟いた。
「美味しいなぁ……」
フィリアは『そんなハズはない』と思った。
砂糖もミルクも入れずに美味しいわけがない。
そこでフィリアは、思い切って聞いてみる事にした。
「あの……本当に美味しいですか?」
すると唯は勢いよく答えた。
「もちろん!最高に美味しいよ!本当に美味しい!」
フィリアは、その言葉を聞いて『訓練された暗殺者は違うな』と思った。
毒耐性を身に付けるために、日々、様々な毒を体内に取り込んできたのだろう。
コーヒーの苦味など、本物の毒に比べれば、たいしたことないという事か。
唯は、上機嫌でコーヒーを飲みながら「私はブラックなんですよ」と口にした。
『ブラック』
今、この女は確かに『ブラック』と言った。
ブラックは……黒。
つまり、黒の組織か!?
フィリアの脳内で電撃が走る。
フィリアは、最近、アニメという文化にはまっていた。
特に好きな作品が『名探偵コヌン』だ。
その作品では、巨大犯罪組織、いわゆる黒の組織が登場する。
ブラックとは、黒の組織。
つまり【闇ギルド】を指す。
まさかこの女は、自分から【正体】を明かしたのか!?
いや、落ち着け。
聞き間違いかもしれない。
もう一度確認してみよう。
フィリアは慎重に尋ねた。
「あの……唯さんは……ブラックなのですか?」
唯は、満面の笑顔で「はい!私はブラックです!」と答えた。
認めた!?
認めてしまった!?
私は『黒の組織』の人間です。
私は『闇ギルド』の人間です。
この女は、たった今、そう宣言したのだ。
だが、なぜだ?
なぜ正体を明かしたのか?
は!?
フィリアは、全て理解した。
勧誘か!?
そうか、これは勧誘だ。
私を『闇ギルド』へ引き込もうとしているのか!?
全てが繋がった。
この女は、はじめから店が狙いではなかったのか!?
私が狙いだったのか!?
最初から、それが目的で近づいてきたのか!?
フィリアが『全て理解した』その時だった。
「あの、フィリアちゃん!これ良かったらどうぞ!お土産です!」
唯は、そう言ってフィリアに紙袋を差し出した。
「栗まんじゅうと抹茶です!フィリアちゃんの好物だと聞きまして!」
フィリアの思考が再び停止した。
なぜ、この女は『私の好物』を知っているのか!?
フィリアの背中を冷たい汗が流れる。
恐ろし過ぎる。
私の情報が完全に調べ上げられている。
さすが優秀なスパイだ。
情報収集能力が異常だ。
フィリアは「唯さんは、どうして私の好物を知っているのですか?」と尋ねた。
「フィリアちゃんは、私達の間で有名でしたから……」
私達の間で有名?
私達とは『闇ギルド』の事だろう。
つまり、すでに私は『闇ギルド』の間で有名という事か!?
そして唯は、続けて言った。
「……『栗まんじゅうお化け』って呼ぶ人もいました。私は可愛いアダ名だと思いますよ」
フィリアは、完全に言葉を失っていた。
【栗まんじゅうお化け?】
何だそれは!?
新種のゴースト系統の魔物か!?
聞いた事がない。
は!?まさか!?
コードネームか!?
『名探偵コヌン』でも黒の組織の人間は『コードネーム』を使っている。
確か『ジン』や『ウォッカ』など、お酒の名前で呼び合っていた。
つまり―――
私のコードネームは―――
【栗まんじゅうお化け】
闇ギルドで、そう呼ばれているのだ。
フィリアは戦慄した。
知らなかった。
いつの間にか、コードネームまで付けられていたとは。
本当に恐ろしい組織だ。
そして目の前の女は―――
闇ギルドの『詐欺師』兼『暗殺者』兼『スパイ』兼『勧誘担当』。
そして、私のコードネームは―――
【栗まんじゅうお化け】
フィリアは『栗まんじゅう』の箱をギュッと抱き締めた。
この『栗まんじゅう』に罪はない。
後で美味しく頂く事にしよう。
唯は、席を立ち笑顔で言った。
「また、来週も来ますね!」
そして、手を振りながら店を出た。
さらに店先で「よし!行ける所まで走って帰ろう!」と言っている。
走って帰る事で、暗殺任務に備え、身体を鍛えているのだろう。
さすがだ。
また来週も来るらしい。
火曜日に。
こうして『栗まんじゅうお化け (フィリア)』は、店内で完全に固まってしまったのであった。
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