メニュー031 騎士の最期の晩餐
ルークベル帝国騎士団の宿舎には、大きな食堂が存在する。
普段であれば、騎士達の笑い声が飛び交い、酒場と見間違えるほど賑やかな場所だった。
だが、この日の食堂は、異様な静けさに包まれている。
100名近い騎士達が昼食をとっているが、聞こえてくるのは食器の触れ合う音だけだった。
大皿には、香草を贅沢に使ったロースト肉が盛られ、焼き立ての白パンがカゴに積まれている。
スープには大きな肉団子が浮かび、彩り豊かな野菜サラダまで添えられていた。
さらに食後には、果物と焼き菓子まで用意されている。
王侯貴族の晩餐会と言われても信じてしまいそうな豪華さだった。
だが、誰一人として喜んでいない。
騎士達は知っていた。
王都では、すでに食料不足が始まっている。
庶民の食卓から肉は消え、市場の値段も高騰している。
そんな状況で、騎士達に豪華な食事が与えられる理由は、一つしかなかった。
一人の中年騎士が、ロースト肉を見つめながらボソリと呟く。
「最期の晩餐ってわけか……」
誰も否定しなかった。
むしろ多くの騎士が同じ事を考えていた。
先日、聖女マリーの発案によって、大量のポーションが騎士団へ配布された。
その結果、負傷していた騎士達は全員回復した。
腕を折っていた者も、足を潰していた者も、重傷だった者も、全員が戦場へ戻れる状態になった。
そして今日この昼食後、騎士達は再び街道へ魔物討伐に向かう。
王都と地方を結ぶ主要街道には、大量の魔物が巣食っている。
街道を取り戻さなければ、王都へ物資が届かない。
食料も薬草も届かない。
王都はいずれ飢えるだろう。
だから騎士団は出撃する。
一刻も早く魔物を討伐しなければならなかった。
だが、大きな問題があった。
若い騎士が苦笑しながら言った。
「もうこの国に、ポーションはないらしいぞ」
向かいの騎士が肩をすくめる。
「俺達騎士が全部使っちまったからな」
「という事は、次に怪我をしたら俺達はどうなるんだろうな」
数秒の沈黙。
そして誰かが答えた。
「死ぬ……だろうな」
食堂の空気がさらに重くなる。
目的の街道は人里離れた場所にある。
怪我をしても、すぐに治療出来る場所ではない。
だからこそポーションが必要だった。
だが、その命綱はもう存在しない。
前回の討伐戦だけでも、100名以上が負傷している。
しかも今回はポーションなし。
ポーションなしで魔物と戦うなど、本来なら自殺行為に等しい。
大勢の騎士が死ぬ事になるだろう。
今この場で昼食をとっている騎士のうち、どれだけが生きて帰れるだろうか。
考えるだけで憂鬱になる。
ある騎士が、パンを千切りながら話題を変える。
「そういえば宰相のブレクが、聖女様に魔物討伐の同行をお願いしに行ったらしいぞ」
「本当か?」
「ああ、本当らしい」
別の老年騎士が苦笑する。
「あの若造に聖女様の説得は無理だろうな」
「まあな」
「聖女様が一緒に来てくれたら、希望はあるが……」
その時だった。
食堂の扉が開いた。
全員の視線が、一斉に扉へ向く。
そこに立っていたのは、純白の法衣をまとった聖女マリーだった。
その後ろには、数名の神官達が控えている。
騎士達の食事の手が止まる。
まさか!?
聖女様が同行してくれるのか!?
騎士達に希望が広がる。
マリーは、慈悲深い表情を浮かべながら、一歩前へ出た。
そして両手を胸の前で組み、神々しい声で語り始める。
「騎士様、いつも帝国のために身命を賭すお姿に、感動この上ない思いです」
騎士達は、真剣に耳を傾けている。
「この度ブレク宰相より、騎士様の魔物討伐への同行のご依頼を頂きましたが……」
食堂の空気が張り詰める。
期待と不安が入り混じる。
マリーは悲しげに目を伏せた。
「残念ですが、同行する事は出来ません」
すかさずマリーは続ける。
「なぜなら私には、聖女として、この国で苦しむ民を救う使命があるからです」
マリーの声が震えていた。
「怪我や病に苦しむ貧しき民の声が、今も聞こえてくるのです」
騎士達は黙って聞いている。
「行きたかった。本当は、どうしても行きたかった」
マリーの瞳に涙が浮かぶ。
「騎士様の盾になりたかった。でも叶わなかった」
マリーの涙が一粒流れた。
「治療を求めている多くの民を、無視するなど私には出来ません!」
マリーの大粒の涙が頬をつたう。
その姿は、民を思い苦しむ聖女そのものだった。
「影ながらではございますが、皆様のご無事を、寝る間も惜しんでお祈りする所存です」
食堂は感動に包まれた。
涙を流す騎士さえいる。
若い騎士が立ち上がった。
「聖女様!必ず戻ってきます!」
別の騎士も叫ぶ。
「聖女様もどうか無理だけはなさらないで下さい!」
「寝る間も惜しんで祈る必要なんてありません!しっかり寝て下さい!」
「どうかお身体を大切にして下さい!」
温かい声が次々と飛ぶ。
マリーは涙を拭いながら深々と頭を下げた。
「ああ!なんと!騎士様のお優しいお言葉、ありがとう存じます!」
涙を流すマリーへ拍手を送る騎士達。
そしてマリーは、神官達を連れて食堂を後にした。
騎士達は誰も気づかない。
マリーが食堂を出た瞬間、涙がピタリと止まった事に。
マリーは、廊下へ出た途端、顔をしかめた。
「ったく、あの若い宰相、余計な仕事を増やしやがって。私が魔物討伐に同行?そんな面倒な仕事、死んでもゴメンだわ。まあ死ぬのはアイツら騎士だけど」
隣の神官が慌てて「聖女様、騎士に聞こえてしまいます」と言った。
「大丈夫よ。騎士なんて単純でバカな奴ばかりだから。それに、どうせアイツら、ほとんど帰って来ないでしょうし」
先程までの神々しさは、どこにもない。
ただ不機嫌な女が歩いているだけだった。
そしてマリーは、神殿行きの豪華な馬車に乗り込んだ。
ふかふかの座席へ腰を下ろした瞬間、大きなあくびをする。
「ふあああぁぁぁ~~~」
神官が、すぐさま扉を閉める。
マリーは眠そうな目を擦った。
「ついさっき昼寝したばかりなのに、まだ寝たりないわね」
そして横になりながら言う。
「馬車の中で眠る事にしましょう。神殿についたら起こして頂戴」
「かしこまりました」
数秒後、馬車の中から規則正しい寝息が聞こえ始めた。
いや、寝息ではない。
完全なイビキだった。
豪華な馬車は、王都の大通りを進んでいく。
一方騎士達は、死地へ向かう準備を進めていた。
騎士達は誰も知らない。
自分達が命を懸けようとしているその瞬間に、聖女が馬車の中でイビキをかいている事を。
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