メニュー026 焼き鳥②
その日の夜、フィリアは、いつものように銭湯からの帰り道を歩いていた。
湯上がりの身体は軽い。
夜風が、火照った頬を優しく撫でていく。
フィリアは、ふと足を止めた。
フワリと香ばしい匂いが、鼻をくすぐったからだ。
視線を向けると、そこには見覚えのない屋台があった。
赤い提灯が吊るされ、炭火の上では何本もの串が焼かれている。
パチパチと炭が弾ける音。
肉が焼ける音。
立ちのぼるモクモクした白い煙。
食欲を刺激する匂い。
その全てが魅力的だった。
赤い提灯には、こう書かれている。
【焼き鳥】
毎日通る道だが、この店を見るのは初めてだ。
もしかすると期間限定の屋台なのかもしれない。
喫茶店へ帰れば、売れ残りの料理がある。
本来なら無理に買う必要はない。
だが―――。
香りが誘惑的すぎた。
人間は食欲には、あらがえない。
とうとうフィリアは、吸い寄せられるように屋台へと近付いた。
店主は、50代くらいの気さくそうな男性だった。
「いらっしゃい!」
「こんばんは」
「初めてだね?」
「はい」
フィリアは、メニュー表を眺める。
どうやら、鳥の部位が書かれているようだ。
「では、『もも』、『皮』、『ネギマ』、『軟骨』をお願い致します」
フィリアは、メニュー表を適当に読み上げながら注文した。
「あいよ!ちょっと待ってな!」
店主は、次々と炭火の上に串を並べていく。
ジュウウウウと音が響く。
脂が落ちるたびに炎が揺れる。
その香りだけで空腹が刺激された。
店主は、手際よく串を返しながら話しかけてきた。
「お嬢ちゃんは、どこの国から来たんだい?」
フィリアの身体が固まった。
危険な質問だった。
正直に答える訳にはいかない。
『異世界のルークベル帝国から来ました』と言っても、信じてもらえるはずがない。
フィリアが答えに困っていると、店主が「よし!じゃあ当ててやる!」と言い始めた。
「え?」
「北欧の人っぽいからフィンランドだろ?」
フィリアは、もちろん『フィンランド』という国を知らない。
だが都合が良い。
「そ、そうです」
「おお!当たったのかよ!?」
店主は、本気で驚いていた。
「そうかそうか。お嬢ちゃんはフィンランド人か。フィンランドといえば『オーロラ』だよな?」
「オーロラ?」
フィリアは、大慌てで『言語理解能力』を発動させる。
オーロラとは……『光のカーテン』。
フィリアは、納得した。
なるほど『カーテン』の事か。
フィリアは、先日、和室の窓に取り付ける『カーテン』を購入したばかりだった。
フィリアの中で、『オーロラ=和室のカーテン』となったようだ。
店主は「フィンランドでは、オーロラを毎日見られるのか?」と尋ねた。
「え?もちろんです。見ようと思えば、いつでも見れます」
和室の窓に目を向ければ良いだけだ。
だが店主は「マ、マジで!?」と驚いている様子だ。
フィリアは、不思議そうに「窓を見れば見えますよ」と答えた。
「スゲェ!フィンランドでは、窓からオーロラが見えるんだな!」
2人の会話が、奇跡的にかみ合っている。
店主は、フィンランドに興味津々の様子で「じゃあ『サンタクロース』に会った事あるか?」と尋ねた。
フィリアは再び固まる。
『サンタ・クロース』
存じ上げない人物だ。
有名な貴族様だろうか。
はたまた商人だろうか。
あるいは冒険者か。
分からない。
「ん?お嬢ちゃんどうした?フィンランドといえば『サンタクロース』だろ?」
フィリアは、店主の言葉に焦っていた。
今さら『知らない』とは言えない。
フィリアは真顔で答えた。
「近所に住む『お友達』です」
すると店主は、驚きのあまり串を焼く手が止まってしまった。
「お、お嬢ちゃんは、サ、サ、サンタクロースの近所に実家があるのか!?」
「え?は、はい」
「マジかよ!?スゲェ!フィ、フィンランドってスゲェ!」
店主は興奮していた。
フィリアは思った。
『サンタ・クロース』とは、一体何者なのだろう。
やがて焼き鳥が完成した。
「はい、お待ち!フィンランドの話を聞かせてくれた礼に『レバー』もサービスしといたから!」
フィリアは「ありがとうございます」と、お礼を言って紙袋を受け取った。
香ばしい香りが漂ってくる。
フィリアは、屋台を後にして大久保公園に向かった。
そして、ベンチに腰掛けて紙袋を開く。
炭火の香りが一気に広がる。
まるで魔法のようだ。
最初に選んだのは『もも』だった。
さっそくパクリと一口頬張る。
ぷりっとした弾力から、肉汁が一気に溢れた。
肉の表面は、香ばしく焼かれており、驚くほど柔らかく、噛むたびに旨味が広がった。
塩加減も絶妙だった。
「美味しい……」
思わず声が漏れる。
続いて『皮』を食べる。
これには驚いた。
表面はカリカリで、中は、とろけるように柔らかい。
モキュモキュとした不思議な食感だ。
脂の甘味が口に広がり、炭火の香りと混ざり合う。
この国の肉文化は、帝国と近いものがある。
帝国でも、牛、豚、鳥の肉を日常的に食している。
だが、鳥の皮だけの料理は初めてだった。
「鳥の皮が、こんなに美味しかったとは……」
次は『ネギマ』だ。
肉と野菜が交互に刺さっている。
一口食べると、肉の旨味とネギの甘味が交互に押し寄せてくる。
焼かれたネギは、辛味が消え『野菜の甘み爆弾』と化していた。
肉と野菜の組み合わせが最高だ。
続いて『軟骨』。
こちらは、今までと全く違った。
コリコリ、コリコリ、コリコリコリ……。
心地良い音だ。
噛む楽しさがある。
まるで『食べる玩具』だ。
気付けば無意識に笑っていた。
そして最後は『レバー』。
店主のご厚意で頂いた品だ。
見た目は少し独特だが、勇気を出して口へ運ぶ。
「……ん?」
口に入れた瞬間は『少し苦手かも』と感じた。
だが噛んでいると、濃厚な旨味と独特な風味が不思議と癖になる。
しっとりとしていて、今まで食べたどの部位とも違う味だった。
「……美味しい」
フィリアは感動していた。
同じ鳥なのに、部位が違うだけで、これほど味が変わるのか。
異界の食文化は奥が深い。
全て食べ終えた頃には、お腹も心も満たされていた。
夜風が心地良い。
公園の木々が静かに揺れている。
フィリアは、ゆっくりと立ち上がり、焼き鳥の余韻を胸に帰路につくのであった。
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