メニュー024 たい焼き
午後、フィリアは、和室の鏡の前で腕を組みながら悩んでいた。
マスターのしじみ汁のおかげで、二日酔いは治まった。
フィリアは、毎週金曜日に、お給金を受け取る。
1日5千円、月曜日から金曜日まで5日間働いて、2万5千円になる。
いつもマスターは「本当は、もっと払いたいんだけどね」と言いながら、申し訳なさそうにお金を手渡す。
だが、フィリアからすれば十分過ぎる待遇であった。
まず宿泊費がかからない。
2階の和室を自由に使わせてもらっている。
さらに食費もほとんど必要ない。
朝は、マスターが作る賄いのナポリタンを食べる。
昼は、マスターが余分に焼いてくれる好物のライ麦パンを食べる。
夜は、店で余った料理を食べる。
つまり、生活費の大部分が必要ないのだ。
おかげで、少しではあるが、お金に余裕が生まれた。
そして、この世界の洋服を買い揃える事が出来た。
今日は、その新しい服で出掛ける予定だった。
フィリアは、鏡の前で軽く身体を回す。
白いニット。
膝下まで伸びる淡いベージュ色のロングスカート。
足元は、歩きやすい茶色のショートブーツを履くつもりだ。
肩まで流れるブロンドの髪は、自然に下ろしている。
アクセサリーは小さな髪留めだけ。
派手さはないが、清潔感があり、どこか上品だった。
フィリアは、鏡を見ながら首を傾げている。
「これで大丈夫でしょうか?まあ、いいでしょう」
誰に聞くでもなく、そう呟いた。
そして外へ出る。
週末の新宿は、今日も賑やかだった。
とにかく人が多い。
大通りには若者達が溢れている。
笑い声が飛び交い、店先からは様々な匂いが漂ってくる。
フィリアは、人波の中を歩いていた。
すっかり慣れた光景だった。
すると、フィリアとすれ違う女子高生達が小声で話をしていた。
「見て、あの人可愛くない?」
「モデルさんかな?」
「外国の人かな?」
街を行き交う人々が、フィリアの事をチラチラ見ながら通り過ぎていく。
一方フィリアは、そんな周囲の反応に全く気付いていない様子だ。
そして、定休日には一つだけ問題があった。
店を開けていないため、売れ残りの料理がないのだ。
そのため定休日は、外へ食べに行く必要があった。
もっともフィリアは、定休日の外食を楽しんでいる。
異界の食文化は驚きの連続だからだ。
豚汁、おにぎり、栗まんじゅう、シーフードヌードル、ナポリタン……。
どれも帝国には存在しない料理ばかりだ。
今日は何を食べようか。
フィリアは、キョロキョロと周囲を見回す。
その時、小さな商店が目に入った。
赤い暖簾と鉄板の香ばしい匂い。
そして看板には大きくこう書かれている。
【たい焼き】
フィリアは足を止めた。
「……魚?」
どう見ても魚だ。
だが、色と形が変だ。
鉄板には、そんな『奇妙な茶色の魚』が大量に並んでいた。
フィリアは、恐る恐る近付く。
すると店主が笑顔を向けてきた。
「いらっしゃい!」
「これは……魚ですか?」
「ハハハッ!お嬢ちゃん、たい焼きは初めてかい?ウチのたい焼きは、天然だよ!」
『たい焼き』は、『天然焼き (一丁焼き)』と『養殖焼き (連式)』の2種類に分けられる。
天然焼きとは、 専用の金型に生地とあんこを入れ、直火で一匹ずつ焼く伝統的な製法をいう。
一方養殖焼きは、連結型と呼ばれる複数が一度に焼ける大きな鉄板を使い、電気などでまとめて焼き上げる現代的な製法をいう。
フィリアは「天然?」と聞き返した。
すると店主は、誇らしげな声で「そうさ!ウチは天然一筋さ!」と答えた。
フィリアの『言語理解能力』が、即座に『天然』という言葉を翻訳する。
天然とは……自然に生きている。
『野生』
『自然由来』
そんな意味が、脳内に浮かんだ。
フィリアは、じっと『たい焼き』を見つめている。
この茶色の魚が……自然に生きている?
つまり――。
これは【生き物】なのか!?
フィリアは、改めて「この魚は、本当に『天然』なのですか?」と尋ねた。
「そうさ!ウチは、代々『天然』しか扱わねぇ!」
フィリアは、盛大に勘違いをしていた。
なるほど。
この『たい焼き』は、異界に生息する魚だ。
帝国にも魚はいる。
だが、こんな『奇妙な魚』は見た事がない。
一体、どんな海や川に生息しているのだろう。
フィリアは、この『たい焼き』という『謎の生物』への探究心が止まらない。
店主は続ける。
「しかも、中身は『あんこ』がぎっしりだ!尻尾にも『あんこ』が詰まっているぞ!」
フィリアは衝撃を受けた。
『あんこ』とは、おそらく魚の『内臓』の事だろう。
それが尻尾まで詰まっている?
内臓が尻尾の中にある?
そんな魚は見た目がない。
なんとも不思議な生態の魚だ。
フィリアは、迷わず『たい焼き』を購入した。
熱々のたい焼きを受け取り、大久保公園へ向かう。
そしてベンチに腰掛けた。
たい焼きからは、湯気が立っている。
魚なのに甘い香りがする。
不思議だ。
フィリアは、意を決して頭からかじった。
その瞬間、サクッと心地良い音を立てた。
続いて、中から熱々の『あんこ』が溢れ出す。
魚の『内臓』なのに驚くほど甘い。
だが上品な甘さだ。
なめらかな『あんこ』が、舌の上でほどけていく。
魚の外側は、カリッと香ばしい。
きっと『ウロコ』が独自に進化を遂げたのだろう。
『ウロコ』の香ばしさと、『内臓』の甘味が完璧に調和していた。
フィリアは夢中になって食べ進める。
頭、背中、腹、そして尻尾。
どこを食べても『内臓』が入っている。
「本当に尻尾まで内臓が……」
フィリアは、異界の生態に感動していた。
そして美味しい。
大久保公園では、子供達がボールで遊んでいる。
フィリアは、最後の一口を食べ終えて、満足そうに息を吐いた。
今日は、新しい発見が多い1日だった。
『しじみ汁』というゴーレム病の特効薬がある。
『たい焼き』という内臓まで食べられる魚がいる。
異界は、まだまだ知らない事ばかりだ。
そしてフィリアは立ち上がると、満たされたお腹を撫でながら帰路についたのだった。
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