メニュー021 皇帝の質素な食事①
ルークベル帝国の王都では、以前の活気は消え失せ、重苦しい空気が漂っていた。
聖女の『ある命令』が原因だった。
『フィリアのポーションを、全て回収しなさい』
『国中にあるポーションを、全て没収するのよ』
聖女の『この言葉』により、大神殿から派遣された神官達が、王都中の住居や商店を巡回しポーションを回収する事となった。
白い法衣を纏った神官達の手には、大神殿の紋章が刻まれた回収箱が抱えられている。
ある薬屋では、店主が青ざめた顔で訴えていた。
「待ってください!これを全部持って行かれたら、ウチのお客はどうなるんですか!?」
だが神官は表情を変えない。
「聖女様のご命令です」
「ですがウチは薬屋です!怪我人や病人が来るんですよ!」
「聖女様のご命令です」
同じ言葉が繰り返される。
まるで壁に向かって話しているようだった。
神官達は、棚に並んだポーションを次々と回収箱へ入れていく。
店主は拳を握り締めた。
だが逆らうことは出来ない。
相手は、大神殿に住まう聖女なのだ。
商人の家、職人の家、農民の家……。
神官達は、次々と戸を叩きポーションを回収していく。
人々の不満は、日に日に高まっていた。
「ウチの婆さんが病気なんだぞ!」
「子供が熱を出したらどうする!」
「怪我人は見捨てろっていうのか!」
各地で怒りの声が上がる。
だが神官達は耳を貸さない。
彼らは、聖女の命令を遂行するだけだった。
やがて怒りの矛先は『命令を出した人物』へ向けられていく。
【聖女マリー】
薬師フィリアとともに、国民から絶大な支持を集めていた存在。
薬師フィリアとともに、国民の尊敬を受けていた存在。
だが、今や『その名』を口にする時、人々の声には『不満』が混じり始めていた。
神官達は、当然『薬師ギルド』にも押し寄せた。
そして、倉庫に保管されていたポーションを次々と運び出していく。
ギルド長のガイアスは、その様子を見ながら険しい顔をしていた。
「本当に全部持って行くのか?」
低い声だった。
神官は頷く。
「例外はありません」
「一つも残さないのか」
「聖女様のご命令です」
ガイアスは、深く息を吐いた。
周囲の薬師達も不満を口にする。
「怪我人や病人は、どうするんだ」
「地方の冒険者達も困るぞ」
ポーションは贅沢品ではない。
命を繋ぐための必需品だ。
それを全て回収するなど正気の沙汰ではなかった。
ガイアスは、ふと一人の少女の顔を思い浮かべた。
薬師として、誰よりも真面目で優秀だった少女。
もしフィリアがここにいたら、なんと言っただろうか。
ガイアスは、静かに首を振る。
今さら考えても意味はない。
一方大神殿の正門前では、異様な光景が広がっていた。
大勢の人々が、正門前に押し寄せていたのだ。
老人、子供、職人、農民、冒険者……。
皆、怪我や病気を抱えていた。
腕から血を流す農民がいる。
熱で苦しそうに咳き込む子供がいる。
目まいを訴える老人がいる。
本来なら、ポーションで治療出来たはずの症状ばかりだ。
だが今は違う。
薬師フィリアが処刑された。
ポーションが回収されて市場から消えた。
人々は、大神殿の聖女を頼るしかなかった。
だが聖女は、彼らを救おうとはしなかった。
入り口には、神官達が立っている。
そして人々へ告げる。
「治療費は、以前の3倍となります」
その言葉に絶望の声が上がる。
「ふざけるな!そんな金払えるわけないだろ!」
「お願いです!息子が熱を出しているんです!」
「少しだけでも診てください!」
神官達は首を横に振る。
治療費を払えない者は、大神殿の中へ入れない。
聖女が定めた新たなルールだった。
泣き崩れる母親、肩を落とす老人、怒りに震える若者。
大神殿の前は、絶望する人々で溢れていた。
一方―――。
大神殿の中は、別世界だった。
豪華な調度品、柔らかな絨毯、きらびやかな装飾品……。
聖女マリーは、優雅に微笑みながら貴族の治療を行っている。
マリーの右手から淡い光が溢れる。
怪我を負っていた貴族が、感激したように頭を下げた。
「聖女様!すっかり痛みが引きました!本当に、ありがとうございました!」
「苦しむ民を救うのが、私の務めですから」
「さすがは、慈悲深き聖女様です。あの~、失礼とは思いましたが、こちらは、ささやかな気持ちです」
貴族は、そう言って金貨が入った袋をマリーに差し出した。
「まあ!治療費は結構でしたのに!私は、お金のために民を救っている訳ではありませんのよ!」
「もちろん存じ上げております!ですが、ほんの気持ちですので!」
「それでは、このお金は苦しむ民のために使う事と致しましょう」
マリーは、そう言うと慈悲の表情を演じつつ金貨の袋を受け取った。
治療室の前では、貴族や大商人が並んでいる。
皆、高額な治療費を支払える者達ばかりだ。
そして一人の神官が、マリーのもとに報告に来た。
「聖女様、ご報告がございます」
「どうしたの?」
「国中のポーション回収が、完了致しました」
マリーの表情が明るくなる。
「あら、想像より早かったじゃない」
これで準備は整った。
皇帝へ献上するポーションが揃ったのだ。
マリーは立ち上がると「では今から、ポーションを献上しに王宮へ向かいましょう」と言った。
神官達が「かしこましました!」と慌ただしく動き始める。
大量のポーションが、次々と荷馬車に積み込まれていく。
やがて、大神殿の正門が開かれた。
豪華な馬車が待機している。
そこへマリーが姿を表した。
大神殿の正門前では、治療費を支払えない大勢の平民達が待機していた。
平民達は皆、マリーの慈悲を期待した。
だがマリーは、一度も平民に目を合わせず馬車に乗り込んだ。
そしてマリーを乗せた豪華な馬車は、王宮の方へ消えていく。
平民達は、その姿を見ていた。
かつてのように頭を下げる者はいない。
かつてのように歓声を上げる者もいない。
ただ静かに見ていた。
そして、ある男がボソリと呟く。
「クソ聖女……」
その声は小さかったが、周囲の人々に、はっきりと聞こえた。
だが誰もその男を咎めなかった。
全員が同じ気持ちだったからだ。
帝国では、不満という名の【火種】が広がり始めている。
マリーは、まだ気付いていない。
この火種が、やがて帝国全体を揺るがす【炎】へ変わる事を。
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