メニュー020 鶏の唐揚げ②
夕方、フィリアは、銭湯で湯船に浸かっていた。
「フゥゥゥ……」
もう銭湯のない日常には戻れそうもない。
フィリアが、お風呂から上がると、見覚えのある人物が声をかけて来た。
「お!?あの時の嬢ちゃんじゃねぇか!?」
無精髭を生やした人物。
以前、怪しげな店で薬師バッジを買い取った店主だった。
「久しぶりだなぁ!」
「こ、こんにちは」
「まさかこんな所で会うとはなぁ!」
フィリアは、反射的に一歩下がった。
この店主の正体は『奴隷商人』だ。
帝国では、優秀な奴隷商人ほど愛想が良いと聞いた事がある。
油断してはいけない。
「そういやぁ、ちゃんと名乗ってなかったな。俺は、山田 権蔵だ。知ってると思うが、歌舞伎町で質屋をしている」
「フィリア・アンダルシアです」
『しちや?』とは、初めて聞く言葉だ。
おそらく『奴隷商人』の事を指すのだろう。
フィリアの中で『質屋=奴隷商人』となってしまった。
「近くの銭湯が潰れちまってな。最近は、こっちまで来てるんだ」
そして番台のおばあちゃんが『待ってました』とばかりに冷蔵庫を開けて、いつもの『フルーツ牛乳』を取り出した。
「フィリアちゃん、今日も飲むだろ?」
「もちろんです」
フィリアは、フルーツ牛乳を受け取ると、腰に手をあてて一気に飲み干していく。
この飲み方が、銭湯のマナーだ。
フィリアは真面目だから、マナーはきちんと守る。
冷たいフルーツ牛乳が、お風呂上がりの身体へ染み込んでいく。
「今日もいい飲みっぷりだなぁ」
「見てるだけで飲みたくなる」
「おばちゃん!俺にも一本!」
銭湯は、すぐに賑やかになった。
そんな中、常連の一人が尋ねる。
「そういやフィリアちゃん、今日はどうだった?」
フィリアは、少しだけ胸を張った。
「マスターから【合格】をもらいました」
一瞬の静寂。
そして―――。
「おおおおおっ!」
銭湯が歓声に包まれた。
「やったじゃねぇか!」
「おめでとう!」
「ついにか!」
皆、自分の事のように喜んでくれた。
そして権蔵がニヤリと笑った。
「よし、祝いだ」
フィリアは「祝い?」と言った。
「よくわからんが、めでたい事が起きたんだろ?だったら、今から飲みに行こうぜ。俺の奢りでな」
銭湯の常連達が盛り上がる。
「賛成!」
「フィリアちゃんの合格祝いだ!」
フィリアは「でも、さすがに奢ってもらうわけには」と戸惑っている。
「この前、嬢ちゃんが売ってくれた『金のバッチ』なんだが、植物の細工がマニアにウケてな。想像以上に高く売れたんだよ。だからお礼もかねて俺に奢らせてくれ」
権蔵は、笑顔でそう答えた。
すると常連の一人が「フィリアちゃんを飲みに連れて行くのか?フィリアちゃんって何歳だ?酒はまだ飲めない歳だろ?」と言った。
フィリアは「私は24歳ですが」と口にした。
その瞬間、銭湯が騒然となる。
「え?」
「24?」
「嘘だろ?」
「高校生じゃなかったのか?」
「いやいや、俺はてっきり中学生だとばかり……」
一方フィリアは、なぜ皆が驚いているのか理解出来ないでいる。
こうしてフィリアは、権蔵や常連達に連れられて、新宿ゴールデン街の居酒屋へ向かう事になった。
居酒屋の暖簾には『はなちょうちん』と書かれている。
フィリアは、店名を見て「はなちょうちん?」と首を傾げた。
「酔っ払って『鼻ちょうちん』を作るくらい寝てしまうって意味だよ」
「???」
権蔵の説明を聞いても、フィリアは頭の上に何個も『?』を浮かべだ。
提灯は、わかる。
店先でよく見かける『淡い光を放つ魔道具』の事だ。
はな (鼻)?……ちょうちん (提灯)?
この世界では『鼻から光を出す魔法』でもあるのだろうか?
フィリアは『鼻から光を出す権蔵』を想像した。
「?????」
謎は深まるばかりだった。
店内へ入ると、香ばしい匂いが一気に押し寄せてきた。
木製のテーブル、壁一面の短冊メニュー、忙しく動き回る店員達。
活気に満ちた空間だ。
フィリアは、席に座ると壁のメニューに視線を向ける。
「……梅酒」
フィリアの目が止まった。
梅は知っている。
以前、コンビニで『梅おにぎり』を食べた事がある。
「梅酒をお願いします」
権蔵は、フィリアの隣で大きく頷いている。
さらにフィリアは『焼きおにぎり』も注文した。
『おにぎり』を焼くと、一体どんな味になるのか非常に気になる。
そして権蔵が「フィリア、『唐揚げ』も食べろ。ここの名物だからな」と、得意気に勧めてきた。
やがて続々と、注文した酒がやってくる。
フィリアの『梅酒』も運ばれてきた。
琥珀色の液体が、氷と共にグラスへ注がれている。
そして権蔵が「フィリアのコーヒー合格を祝して乾杯~!」と叫んだ。
みなコップを持ち上げて「乾杯~!」と叫んでいる。
フィリアも、真似をしてグラスを持ち上た。
そして、梅酒を飲んでみる。
果実酒特有の芳醇な香りが鼻へ抜けた。
梅の爽やかな酸味が、お酒を引き立てている。
飲みやすい。
思わず二口、三口と続けて飲んでしまう。
権蔵が「気に入ったみたいだな。焼きおにぎりも食べてみろ。手づかみでガブリとな」と言った。
『焼きおにぎり』の香ばしい焦げ目から、『醤油という調味液』の香りが立ちのぼる。
醤油の香りは、帝国の『魚醤』に似ていた。
一口食べると、パリッと外は香ばしく中はふっくらしている。
醤油の旨味が米に染み込み、噛むほどに豊潤な味が広がった。
そして活気ある女性店員が「お待たせ~、当店名物の唐揚げだよ~」と『鶏の唐揚げ』を運んで来た。
黄金色に輝く衣から、香ばしい香りが漂ってくる。
フィリアは、フォークで唐揚げを持ち上げて口へ運んだ。
サクッとした衣の中から肉汁が溢れ出す。
鶏肉は驚くほど柔らかい。
噛むたびに旨味が広がり、醤油と生姜の風味が追いかけてくる。
「な、なんですかこれ」
「これが唐揚げだな」
「美味しすぎます」
フィリアの手が止まらない。
そしてこの唐揚げは、梅酒との相性が最高だった。
唐揚げを食べる。
梅酒を飲む。
また唐揚げを食べて、梅酒を飲む。
気付けばグラスは空になっていた。
「梅酒のおかわりをください」
周囲が大笑いする。
「フィリアちゃん、見た目によらず飲める口だな!」
「よ~し!俺らも負けてられねぇ!」
「今夜は飲みあかそうぜ!」
賑やかな笑い声が店内に響く。
フィリアも自然と笑顔になっていた。
こうしてフィリアの合格祝いは、深夜まで賑やかに続くのであった。
読んでいただき、ありがとうございました。
【ブックマーク登録】や【★★★★★評価】で応援を頂けますと、とても励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。




