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メニュー014 帝国の硬いパン④

 老紳士は、丁寧にテーブルに料理を並べていく。


 「『コーンスープ』と『シーザーサラダ』、『ホットコーヒー』になります。焼き上がり次第、パンもお持ち致しますので、もう少々お待ち下さい」


 「ありがとうございます」


 フィリアは、まず『コーンスープ』という『黄金色のスープ』に目を奪われた。


 滑らかな表面から、甘い香りが漂ってくる。


 次に、『サラダ』に視線を向けた。


 老紳士が、『シーザーサラダ』と紹介していた。


 緑色の葉、白い千切りの根菜、黄色い粒など、色鮮やかな食材が入っている。


 そして一番気になるのは、この『コーヒー』という『黒い液体』だった。


 「コーヒーに入れる砂糖とミルクは、卓上にありますので、お好みでお使い下さい」


 老紳士は、一通り説明を終えて、カウンターへ戻っていった。


 フィリアは、まず『コーンスープ』から頂く事にした。


 木製のスプーンで、スープをすくってみる。


 トロリとしている。


 液体というより『なめらかなクリーム』に近い。


 フィリアは、慎重に口へ運んだ。


 「……!」 


 驚くほど甘い。


 だが、砂糖の甘さではない。


 野菜が持つ自然の甘みだ。


 濃厚でありながら重くない味。


 二口目、三口目と、スプーンが止まらない。


 身体の芯から温まっていくのがわかる。


 「美味しい……」


 思わず声が漏れた。


 続いて、『シーザーサラダ』に手を伸ばした。


 白いソースがかかっている。


 まず、葉野菜を一口食べてみる。


 シャキッと軽快な音が響いた。


 驚くほど瑞々しい。


 噛む度に水分が溢れ出してくる。


 そこへ、爽やかなソースの酸味が重なる。


 「……何か入ってる」


 フィリアは、サラダの中の『小さな四角いパン (クルトン)』を発見した。


 サラダに……パ、パンが入ってる!?


 先程も触れたが、『パン』はフィリアの好物だ。


 だが、サラダにパンを入れた事は一度もない。


 味が想像出来ない。


 本当に美味しいのだろうか?


 半信半疑のフィリアは、野菜とクルトンを一緒に食べてみた。 


 「……美味しい」


 数秒で答えは出た。


 香ばしく焼かれたクルトンは、噛むとサクサクと心地良い音を立てた。


 葉野菜やソースとの相性も良い。


 正直、付け合わせの野菜料理だと甘く見ていた。


 だが、この『シーザーサラダ』は、ランチセットの要ともいえる一皿だった。


 次は、いよいよ、この『コーヒー』という『黒い液体』を味わう番だ。


 恐る恐る、ひと口飲んでみる。


 「に、苦いっ!」


 フィリアは、思わず顔をしかめた。


 帝国で、『子供が泣き出してしまう薬』として有名な、『薬草煎じ液』のような苦さだ。


 いや、『薬草煎じ液』の方が、まだ飲みやすい。


 先日の抹茶といい、どうして異界人は、苦い飲み物ばかりを好むのだろう。



 『コーヒーに入れる砂糖とミルクは、卓上にありますので、お好みでお使い下さい』



 ここでフィリアは、老紳士の言葉を思い出した。


 帝国にも、砂糖とミルクは存在する。


 だが、このコーヒーの苦味は、砂糖やミルク程度の付け焼き刃で、どうにかなるとは到底思えない。


 フィリアは、コーヒーに砂糖とミルクを入れてみた。


 スプーンでかき混ぜると、黒い液体が、明るい色へと変化した。


 ひと口飲んでみる。


 「……美味しい」


 苦味が緩和されている。


 コーヒーに、砂糖の甘みとミルクの風味が加わる事で、奥深い味わいへと変化した。


 このコーヒーという飲み物は、大人の味だ。


 ガイアスが好みそうな味だと思った。


 そして老紳士が、木製のカゴを持ってやって来た。


 香ばしい香りが、広がってくる。


 フィリアは、カゴの中を見た瞬間、驚きのあまり言葉を失った。




 焼き立ての【黒パン】が入っている。




 信じられなかった。


 フィリアがこの世界に転移してから、この一週間、驚きの連続だった。


 だが、今が一番の衝撃だった。


 まさか、この場所で【再会する】とは思わなかった。


 薬師ギルドで、毎日食べていた懐かしの味。


 フィリアの一番の好物。



 ライ麦の【黒パン】。



 老紳士は、驚くフィリアを見て「ライ麦のパンは、お嫌いでしたか?」と尋ねた。


 フィリアは、黙ったまま、何度も首を横に振った。


 老紳士は、安心したように微笑んだ。


 フィリアは、黒パンを手に取った。


 黒パンのゴツゴツとした感触が、肌に感じる。


 そして温かい。


 焼き立てだ。


 フィリアは、ゆっくりと一口かじる。


 ガリッとした硬い食感に、胸が熱くなる。


 この硬さだ。


 噛むほどに、ライ麦特有の甘みが口に広がる。


 素朴な味がして、心が落ち着く。


 次にフィリアは、黒パンをコーンスープへ浸した。


 薬師ギルドでも、よく黒パンをミルクに浸して食べていた。


 フィリアは、黄金色のスープを吸った黒パンを口へ運んだ。


 コーンの優しい甘みが黒パンへ染み込み、ライ麦の風味と見事に調和している。


 柔らかくなった黒パンは、口の中でほどけるように崩れた。


 「……美味しい」


 フィリアは、夢中になって、かぶりついた。


 そして、同時に思い出していた。


 薬師ギルドで、仲間達と昼食を囲んだ日々を。


 いつも黒パンとミルクだった。


 質素な食事だが、それでも皆が笑っていた。


 ガイアスは、いつも厳しい顔で説教をしながら、黒パンを食べていた。




 フィリアの視界が滲んでいる。




 一滴、また一滴。




 涙が、こぼれ落ちる。




 フィリアは、慌てて目を擦った。


 だが止まらない。


 この世界に来て、初めて流す【涙】だった。


 この一週間、ずっと前を向いてきた。


 美味しい食事に感動して。


 未知の文化に驚いて。


 楽しい事ばかりを見てきた。


 だが、本当は寂しかった。


 この世界には、薬師の仲間達も、恩師もいない。


 ずっと、一人だった。


 フィリアは、硬いパンを握り締めて、静かに呟いた。




 「私は【薬師】だ……」




 それは、どの世界にいても変わらない。


 帝国から追放されても。


 全てを失っても。


 一人になっても。


 【薬師】である事だけは、決して変わらない。


 その時だった。



 ガタンッ!



 突然大きな音が、店内に響いた。


 フィリアは、食事の手を止めて立ち上がった。


 すると店の奥で、老紳士が倒れている。


 床へ手をついて、苦しそうに右膝を押さえていた。


 額には脂汗が浮かんでいる。


 今、店内には、フィリアと老紳士しかいない。


 老紳士は、無理に笑顔を作った。


 「大丈夫ですよ……すぐ治まりますから」


 だが、フィリアは息を呑む。




 【薬師】としての本能が、警鐘を鳴らしていた。




 読んでいただき、ありがとうございました。


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