それぞれの戦い 朝倉 環0
偽番薬吸引から約六時間後
午前三時十二分。
スマートフォンが震えた。
朝倉環は薄く目を開く。
誰だ。
こんな時間に。
枕元のスマートフォンへ手を伸ばし、画面を見る。
送信者。
真壁レオ。
その名前を見た瞬間、嫌な予感がした。
件名
偽番薬解毒薬開発について
朝倉は眉をひそめる。
開く。
添付ファイル
症状レポート
構造式
仮説
進行予測
そして本文は一行だけだった。
一週間で作れ
「は?」
思わず声が漏れる。
寝ぼけた頭で添付ファイルを開いた。
三分後。
朝倉の眠気は完全に吹き飛んでいた。
「……おいおい」
症状データ
進行予測
抑制剤の耐性発生予測
どれも冗談では済まない内容だった。
そして最後に表示された残り時間。
一週間。
「いや、無理だろ」
呟いた直後だった。
画面に並ぶ構造式へ視線が止まる。
美しい。
思わずそう思った。
無駄がない。
理論が通っている。
仮説として成立している。
何より、その発想が真壁レオらしかった。
朝倉は小さく息を吐く。
真壁レオ。
その名前を知らない科学者はいない。
論文
実験
着眼点
どれも一級品だった。
朝倉も学生時代、彼の論文を読み漁った一人だ。
だからこそ分かる。
このデータは本物だ。
そして
このメールは冗談ではない。
今日も無難に仕事を終え、
ようやく眠りについたばかりだった。
一生懸命働くことは好きではない。
自分の好きなことだけしていたい。
科学も化学も好きだ。
特に化学式は美しいと思う。
けれど、それを仕事にする気はなかった。
好きな時に好きなだけ触れられればいい。
誰かのために
世の中のために
そんな生き方は自分には向いていない。
そういうのはヒーローがやればいい。
僕はモブで十分だ。
第五統合が慢性的な人手不足に悩まされていた頃、天才と呼ばれる獣人がやって来た。
真壁レオ。
初めて名前を聞いた日のことを今でも覚えている。
まさか本物が来るとは思わなかった。
だが彼は知らないだろう。
空間演出課の僕が、科学者でもあることを。
そして、それでよかった。
僕はモブだ。
主役になる気なんてない。
ないはずだった。
朝倉は再び画面を見る。
残り時間、一週間。
真壁レオから届いた救難信号。
朝倉は頭を抱えた。
「……なんで僕なんだよ」
けれど
その問いに答える者はいない。
静かな部屋。
スマートフォンの画面だけが白く光っている。
朝倉はもう一度データを開いた。
構造式
反応式
進行予測
どれも腹が立つほど完成度が高い。
つまり
統括は最初から分かっていたのだ。
僕がこの薬をつくれることを。
「性格悪いなぁ……」
小さく呟く。
そして。
ノートパソコンを開いた。
「……寝不足手当、請求してやる」
誰にともなく文句を言いながら。
朝倉環は解毒薬開発チームの立ち上げを開始した。
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X「真壁レオは今日も重い」
@reo_yui_archive




