一人じゃない 5
「時間が惜しいので、本家へ戻ります」
景はそう言うと静かに立ち上がった。
そして唯衣へ向き直る。
「今夜は戻れないかもしれません」
「唯衣様」
その声は珍しく真面目だった。
「夜、若が苦しむ可能性があります」
「鎮痛剤と睡眠導入剤は
用意しておきますので、
申し訳ございませんがお願いいたします」
唯衣はうなずいた。
「はい」
景は少しだけ目を伏せる。
そして
思い出したように口を開いた。
「昨日はあえて申しませんでしたが」
レオの耳がぴくりと動く。
「わたくしとしては」
「抑制剤よりも、
唯衣様の香りの方が効果があると
思っております」
沈黙。
レオが景を見る。
景は涼しい顔だった。
「若」
「なんだ」
「勝手に家を飛び出し、
長を心配させた罰です」
そう言って微笑む。
次の瞬間。
大きな黒い翼が広がった。
「では」
「失礼いたします」
夜風が吹き込む。
漆黒の翼が夜空へ溶けていく。
窓の外には、もう星が見え始めていた。
数秒。
静寂。
そして。
「あいつ」
レオがぽつりと呟く。
「わざと昨日言わなかったな」
その顔は少し不満そうで。
少し嬉しそうだった。
「聞いたか?」
金色の瞳が唯衣を見る。
「唯衣の匂いの方が効くって」
思わず笑ってしまう。
「うん」
レオは少しだけ満足そうだった。
そして
唯衣は少し迷ったあと、小さく聞く。
「一緒に寝れる?」
レオはすぐには答えなかった。
景の言葉を思い出しているのだろう。
やがて小さく息を吐く。
「あいつは嘘をつかない」
ぽつりと言う。
「昨日、
唯衣を抱くなって言ったのも本当なんだろう」
少しだけ眉を寄せる。
悔しそうに。
それでも納得している顔だった。
そして。
そっと唯衣の手を握る。
「唯衣」
「うん」
「何もしない」
真っ直ぐな声だった。
「だから」
少しだけ視線を逸らす。
珍しく弱気に。
「側で寝てくれないか」
その言葉に胸が締め付けられる。
昨日までなら
レオは絶対に言わなかった。
助けてほしいとも。
側にいてほしいとも。
言わなかった。
全部一人で抱え込もうとした。
でも今は違う。
ちゃんと言葉にしてくれている。
だから唯衣は微笑んだ。
そして
繋いだ手を握り返す。
「うん」
「一緒に寝よう」
レオの肩から少しだけ力が抜ける。
それを見て。
唯衣も少し安心した。
しばらく静かな時間が流れた。
窓の外には夜の街。
部屋の中には柔らかな灯り。
隣にお互いがいる安心感。
レオは視線を隣で目を瞑っている
唯衣に向ける。
「俺の家のことだけど」
静かな声だった。
「この件が片付いたら、ちゃんと話す」
唯衣は黙って頷く。
きっと簡単な話じゃない。
王狼。
本家。
長。
まだ知らない世界がたくさんある。
それでも。
今は怖くなかった。
レオが話そうとしてくれているから。
レオは少しだけ視線を逸らしたあと続ける。
「それと」
「俺の家にも挨拶に行こう」
唯衣が目を瞬く。
レオは穏やかな声で言った。
「もちろん」
「お前のご両親にも挨拶したい」
その瞬間。
胸の奥が熱くなる。
不安だった。
怖かった。
本当に一緒にいられるのか。
認めてもらえるのか。
ずっと考えていた。
けれど。
その不安が少しずつ溶けていく。
唯衣は思わずレオへ抱きついた。
温かい。
安心する。
大好きな匂い。
胸の奥に溜まっていたものが
静かにほどけていく。
「うん」
顔を埋めたまま答える。
「行こう」
「ありがとう、レオ」
少しだけ顔を上げる。
「大好き」
レオは一瞬だけ目を細めた。
そして。
抱きしめる腕へ力を込める。
「俺は」
低くて優しい声。
「愛してるけどな」
唯衣が思わず笑う。
レオも少しだけ笑った。
窓の外では夜が静かに更けていく。
未来はまだ分からない。
解毒薬も。
本家も。
これから乗り越える問題も。
たくさんある。
けれど。
もう大丈夫だと思えた。
一人じゃない。
レオも。
唯衣も。
同じ未来を見ている。
繋いだ手は温かかった。
そして二人は、
その手をもう離すつもりはなかった。
本編の裏側や、レオと唯衣の甘い日常をXで更新中です。
小説の合間の息抜きにどうぞ。
X「真壁レオは今日も重い」
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