一人じゃない 1
家へ着く頃には、
空は少しずつ夕方の色へ変わり始めていた。
昼間の青空はまだ残っているのに、
西の空だけが淡く橙色に染まり始めている。
わたしはレオと手を繋いだまま、
マンションのエントランスをくぐった。
見上げると、
レオの瞳はまだ濃い金色のまま。
耳も尻尾も消えていない。
完全には落ち着いていない証拠だ。
それでも。
昨夜よりずっと柔らかい空気を纏っていた。
今日、会社へ行ってよかった。
朝倉さんにも。
千景さんにも。
話を聞いてもらえた。
そして何より
わたしもレオのためにできることをしよう。
そう思えた。
小さいけれど、大切な一歩だった。
玄関の扉を開ける。
すると
出汁の香りと野菜を煮込む甘い匂いが
ふわりと漂った。
思わずお腹が鳴りそうになる。
「若、唯衣様。おかえりなさいませ」
台所から聞こえたのは景さんの声だった。
人参を刻む手を止め、
丁寧に一礼する。
「玄関でお出迎えできず申し訳ございません」
「景」
レオが少しだけ気まずそうな顔をした。
「さっきは悪かった」
景の手がぴたりと止まる。
数秒。
沈黙。
そして…
「若!」
突然、景が両手を広げた。
「若が謝罪なさるなど何十年ぶりでしょう!」
「これもひとえに唯衣様のおかげ!」
「若が人として成長なされ、
伴侶を見つけられたことに感極まり、
今にも涙が……!」
「泣いてないよな」
レオが即座に切り返す。
「心が泣いております」
景は胸へ手を当てた。
「大変喜ばしいことでございます」
「ああ、まぁ……伴侶には違いない」
ぼそり。
レオが呟く。
その口元は少しだけ緩んでいた。
景は真顔になった。
「若」
「なんだ」
「その顔、気持ち悪いのでやめてください」
沈黙。
「やっぱりお前に謝ったことなんか一度もない!」
「早く帰れ!」
「わたくしだって帰りたいのですよ」
景はため息を吐いた。
「愛する妻と娘がおりますので」
「それに、あと五人ほど子どもが欲しいというのに」
「嫌味だ!」
「お前ほんと昔から性格悪い!」
レオが子どものように食ってかかる。
景はどこ吹く風だった。
二人のやり取りを見ていると、
なんだか兄弟喧嘩みたいで可笑しい。
昨夜までの重苦しい空気が嘘みたいだった。
「じゃあ、わたし着替えてきますね」
そう言って寝室へ向かう。
すると
後ろから足音がついてきた。
振り返る。
レオだった。
「……うん?」
「いや」
レオは当然のような顔で答える。
「着替えるのを手伝おうかと」
「いいよ!?」
唯衣は即答した。
「大丈夫!」
「着替えるだけだから!」
レオは少し考えた。
そして真顔で言う。
「はっきり言う」
嫌な予感しかしない。
「俺、この二日間、唯衣の裸を見てない」
「……」
「せめて下着くらい見たい」
「レオのばか!!」
真っ赤になりながら部屋へ逃げ込む。
勢いよく扉を閉めた。
しばらくしてから服を選び始める。
けれど。
ふと手が止まった。
「……あれ?」
昨日のことを思い出す。
お風呂。
広い浴槽。
後ろから抱きしめてきたレオ。
濡れた髪。
滴る水。
そして。
「……」
唯衣は瞬きをした。
「昨日、一緒にお風呂入ってるよね?」
沈黙。
数秒。
「見てるじゃん」
ぼそり。
「めちゃくちゃ見てるじゃん」
顔が一気に熱くなる。
両手で顔を覆う。
「下着どころじゃないじゃん……」
その時だった。
リビングから大きな声が聞こえる。
「帰れ!!」
レオの叫び声。
続いて景の笑い声。
思わず噴き出した。
昨夜まで泣いていたのが嘘みたいだった。
本編の裏側や、レオと唯衣の甘い日常をXで更新中です。
小説の合間の息抜きにどうぞ。
X「真壁レオは今日も重い」
@reo_yui_archive




