出勤2
布団を目元まで引き上げる。
「千景さん、大好き……」
眠気の中でそう呟くと、千景さんが少しだけ笑った気がした。
「私も好きよ」
「唯衣ちゃん、小動物みたいだし」
「マスコットね。カバンに着けたい〜」
「それ違う……」
最後まで聞かずに意識が沈む。
千景さんの優しい手が、ゆっくりと背中を叩いてくれていた。
どれくらい眠ったのだろう。
ふと目を開ける。
視界に黒い影が映った。
「……え?」
驚いて飛び起きる。
そこにいたのはレオだった。
「レオ!?」
思わず抱きつく。
「どうしたの!? 夢!?」
「大丈夫!?」
レオは何も言わず抱きしめ返した。
腕が少し痛いくらい強い。
「レオ?」
呼ぶと、しばらくして低い声が落ちた。
「……目が覚めたら」
「うん」
「お前がいなかった」
唯衣は瞬きをする。
レオは唯衣の肩へ額を押し付けた。
「マジで狂うかと思った」
その声は静かだった。
昨夜みたいな切迫感はない。
けれど。
本音だった。
「レオ……」
「まさか俺がこんな状況で会社に行くと思わないだろ」
少し拗ねたような声。
唯衣は苦笑する。
「ごめん」
すると抱きしめる腕が少し強くなった。
「唯衣」
「うん」
「頼むから急にいなくなるな」
掠れた声。
「昨日のお前なら」
レオは少しだけ目を伏せる。
「本当に消える気がした」
胸が痛んだ。
ああ。
まだ怖いんだ。
まだ安心できていないんだ。
「俺」
レオは小さく息を吐く。
「思ってたより弱かったみたいだ」
珍しい言葉だった。
レオは自分の弱さを認める人じゃない。
「レオ」
唯衣が背中へ手を回す。
「大丈夫」
今度は唯衣が抱きしめる。
「どこにも行かない」
レオは何も言わない。
ただ、肩の力が少しだけ抜けた。
「レオ」
「ん?」
「お昼にね、朝倉さんと千景さんと約束してるの」
唯衣はレオの髪をそっと撫でる。
「二人に聞いてもらいたい話があるの」
「だから少し会社を抜けようと思ってる」
「……」
返事はない。
ただ。
獣人化した耳だけがぴくりと動いた。
聞いている。
絶対聞いている。
「それでね」
唯衣は少し笑う。
「レオも体調が大丈夫なら、一緒に聞いてほしいなって」
沈黙。
数秒後。
「……行く」
低い声が返ってくる。
「薬も飲んできた」
そう言いながらも、抱きしめる腕は少しも緩まない。
むしろ強くなった気がした。
「体調は?」
唯衣が顔を覗き込む。
「まだ苦しい?」
レオは少し考えてから答えた。
「もっと苦しいことがあったから」
金色の瞳が唯衣を見る。
「今は楽」
その言葉に、唯衣は思わず笑った。
「ふふっ」
「そう」
「安心した」
レオは少しだけ目を細める。
そして。
ぽつりと呟いた。
「……キスしたい」
「えっ?」
「唯衣とキスしたい」
真顔だった。
「レオ」
「抱きしめたい」
「今も抱きしめてるよ?」
「足りない」
即答だった。
唯衣は吹き出す。
「まだダメ」
「……」
「ちゃんと景さんがいいって言うまでダメ」
沈黙。
レオの耳がぺたりと下がる。
分かりやすすぎる。
「景」
ぼそりと呟く。
「景さんが何?」
「嫌い」
唯衣は声を上げて笑った。
「そんなこと言わないの」
「嫌い」
「だめ」
「息するなって言ったのに」
「それまだ言ってたの?」
不機嫌そうな顔のまま。
レオは唯衣の肩へ額を押し付けた。
そして小さな声で呟く。
「……俺だけ見てろ」
「ん?」
「俺だけのこと考えてろ」
唯衣が目を瞬く。
レオは少しだけ視線を逸らした。
「昨日、お前がいなくなるかもしれないって思った」
低い声。
「だから今は」
抱きしめる腕に少し力が入る。
「俺だけの世界にいてほしい」
その声は独占欲というより。
まだ消えない不安そのものだった。
本編の裏側や、レオと唯衣の甘い日常をXで更新中です。
小説の合間の息抜きにどうぞ。
X「真壁レオは今日も重い」
@reo_yui_archive




