出勤1
昨日の疲れも抜けないまま、唯衣は会社へ行く支度を整えた。
出発前に、そっと寝室の扉を開ける。
レオの様子が気になったからだ。
ベッドの上。
レオは小さく身体を丸めて眠っていた。
呼吸は穏やかで、ぐっすり眠っているように見える。
それなのに。
どこか違った。
部屋の空気が微かに張り詰めている。
静かなのに、緊張感がある。
近づいてはいけないような。
本能的にそう感じる空気。
これがレオの覇気というものなのだろうか。
今まで感じたことのない存在感だった。
眠っているだけなのに。
王狼。
そんな言葉がふと頭をよぎる。
唯衣は起こさないよう、静かに扉を閉めた。
リビングへ戻ると、景が朝食の片付けをしていた。
「まだ当分はお目覚めにならないと思います」
景は穏やかに微笑む。
「安心してお仕事へ行ってらっしゃいませ」
唯衣は少しだけ不安そうに寝室の方を見る。
景はその視線に気付き、続けた。
「日中、若に何かございましたら、すぐご連絡いたします」
その声は不思議と安心感があった。
「その際は、お迎えに参りますので」
「え?」
景は当然のように言う。
「若には唯衣様の匂い、おっと、基、存在が必要でしょうから」
唯衣は思わず瞬きをした。
景は真顔だった。
「薬より効く可能性もございます」
「景さん……」
「本気ですよ」
さらりと言われてしまう。
少しだけ頬が熱くなった。
景はそんな唯衣へ、玄関まで歩きながら穏やかに頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ、唯衣様」
「行ってきます」
そう返事をして家を出る。
エレベーターの扉が閉まる。
唯衣は眠っているレオのことを考えていた。
出社すると、唯衣は空間演出課のリーダー朝倉 環と教育係の橘 千景へと声を掛けた。
「お二人にお話があります。少しお時間をいただけませんか?」
二人は顔を見合わせる。
「重たい話みたいだね」
朝倉さんが優しく笑った。
「こういう時は勤務時間を使って外へ飯でも行こう!」
「それいい!それいいですね!」
千景さんがすぐに乗る。
「朝倉さん、たまには良いこと言いますねぇ」
「おい」
二人が軽口を叩き合う。
そのやり取りに少しだけ肩の力が抜けた。
千景さんはスケジュールを確認しながら言う。
「私はちょっと抜けられない会議がありますが、十三時からなら空いてます」
「それから行きましょうよ。ね?」
「あっ!そうだ!唯衣ちゃんにお願い事もあったんだ」
朝倉も頷く。
「じゃあまた後で」
「店選んでメールくださいよ」
「もちろん奢りね!」
「はいはい」
二人が笑う。
その時、
千景さんがふと唯衣を見る。
「唯衣ちゃん」
「はい?」
「荷物持っておいで〜」
不思議に思いながら立ち上がる。
すると、
「あ、PCも今日はオフでいいよ」
「タブレットだけ持っておいで」
有無を言わせない口調だった。
千景さんに連れられて向かった先は、第五専用医務室だった。
「え?」
「いいからいいから」
千景さんは慣れた様子で端末を操作している。
医務室のAIへ何かを入力しているようだった。
「お待たせ!」
「さぁ、行こう!」
中は静かだった。
白を基調とした清潔な空間。
ベッドがいくつも並んでいる。
手のひらをスキャンすると、自動で身体の状態を解析してくれる最新設備だ。
唯衣が恐る恐る手をかざす。
数秒後。
モニターへ結果が表示された。
疲労。
頭痛。
微熱。
食欲不振。
不眠。
ストレス過多。
画面いっぱいに並ぶ文字。
唯衣は思わず目を逸らした。
「ほらね」
千景さんが苦笑する。
「当たり前じゃん」
「そんな顔して出社してきたんだから」
責める口調ではなかった。
むしろ安心したような声だった。
「少し寝たらきっと楽になる」
千景さんはモニターを閉じる。
「パーティの件は会社経由で緊急連絡が来てる」
「幹部も役職者もみんな把握済み」
唯衣が驚いて顔を上げた。
「だから昼に一緒に考えよう」
「どうしたら唯衣ちゃんのためになるか」
「朝倉さんと三人で」
千景さんは軽くウインクする。
「一人より三人だよ」
そう言ってベッドまで案内してくれた。
「寝付くまでここにいてあげるから」
「大丈夫」
布団をかけてくれる。
「携帯も届くところに置いときな」
その優しさに。
また涙が溢れた。
嗚咽を堪える。
千景さんは驚かない。
慌てない。
ただ隣の椅子へ腰掛けた。
「泣くことは悪いことじゃない」
穏やかな声だった。
「今の心の叫びだから」
唯衣は顔を覆った。
張り詰めていたものが
少しだけほどけていく気がした。
本編の裏側や、レオと唯衣の甘い日常をXで更新中です。
小説の合間の息抜きにどうぞ。
X「真壁レオは今日も重い」
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