番薬6
湯船が温かい。
今日一日で、色々なことがありすぎた。
側にいて大丈夫なの?
隣にいていいの?
レオを好きでいていいの?
それはレオのためにならないんじゃない?
レオはいていいって言ってくれるけど
本能はわたしを求めてない。
身体と心がバラバラになって苦しいレオ
そんなレオを苦しめてるのはわたし。
いなくなればレオは楽になる。
本能に従える。
つまり心と身体がバラバラにならない。
もういっそうどこかへ逃げる?
逃げる?
どこへ?
きっと逃げた方が楽になる。
頭の中で同じ言葉がぐるぐる回る。
なんで私、獣人じゃなかったんだろう。
獣人だったら。
もっと堂々とレオの隣にいられたのに。
また涙が滲む。
ふぅ。
一緒にいたいよ。
レオ。
レオの側にいたいの……。
その時だった。
「唯衣」
浴室の扉の向こうから声がした。
「入るぞ」
「!!」
唯衣が飛び上がる。
「ダメだよ!」
「大丈夫」
レオの声は妙に落ち着いていた。
「一緒に浸かるだけ。のぼせるようなことしない」
扉が開く。
レオが当然のような顔で入ってきた。
「レオ!」
「何だよ」
「何だよじゃない!」
思わず抗議すると、
レオは少しだけ笑った。
その顔がいつものレオだった。
少しだけ安心する。
ただ、目は濃い金色のまま。
すごい速さで洗ったレオは湯船につかる。
「こっちおいで」
レオが側へさそう。
いいのかなって思いながらも
レオの間に入って定位置に落ち着く。
髪をかき上げながら
「失敗だったな」
「何が?」
「この風呂」
レオが肩越しに言う。
「二人で入れるように広いの選んだ」
「……」
「広いとお前逃げる」
唯衣が目を丸くする。
後ろからそっと抱きしめてくれる。
温かい。
安心する匂い。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「レオ……」
レオは唯衣の肩へ額を預けた。
「何回言わせるんだ」
掠れた声。
それでも言葉だけは真っ直ぐだった。
「俺は逃がさない」
腕に少しだけ力が入る。
「お前がどれだけ不安になっても」
「どれだけ逃げたくなっても」
「俺は捕まえる」
唯衣の心臓が大きく跳ねた。
レオは耳元で静かに囁く。
「唯衣」
「お前は俺に捕らわれておけ」
その声は。
どうしようもなく優しくて。
どうしようもなく幸せだった。
レオはまだ獣人化したまま。
濃い金色の瞳。
耳もしっぽも消えていない。
それでも。
レオは優しく触れるだけで、何もしなかった。
ただ側にいる。
ただ確かめるように触れる。
それだけだった。
わたしがのぼせる前に、一緒に浴室を出る。
濡れた髪から雫が落ちる。
水滴をまとったレオは、思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。
「拭いてやる」
そう言ってタオルを手に取る。
「大丈夫、自分でするよ」
そう言っても聞いてくれない。
濡れた髪を丁寧に拭いてくれる。
肩も。
腕も。
壊れ物みたいに優しく。
まるで。
まだそこにいることを確かめるみたいに。
その手が少し震えていた。
「レオ……?」
レオは俯いたまま、小さく呟く。
「もっと」
声が掠れる。
「もっと俺から離れられないくらいに
しておけばよかった」
唯衣が目を見開く。
レオは笑わなかった。
冗談でもなかった。
「お前が離れるなんて考えたことなかった」
静かな声。
「だから」
タオルを握る手に少し力が入る。
「俺は安心してたんだろうな」
その言葉が胸に刺さる。
レオが震えている。
怒っているんじゃない。
怖がっている。
「俺は」
レオが顔を上げる。
金色の瞳が真っ直ぐ唯衣を映した。
「離れるって選択肢がないんだよ」
少しだけ苦しそうに笑う。
「唯衣」
そして額をそっと寄せた。
「俺には、お前しかいない」




