レセプションパーティ6 番薬
レオと二人でホールへ戻る。
レオは飲み物を取りに行った。
その背中を見送っていると、
「白石さま」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、先ほど挨拶をした御影綾乃が立っていた。
その身体はカーテンの陰に半分隠れている。
ぞくり、と背筋が震えた。
綾乃の瞳は金色に染まり、爪は獣人化している。
そこに宿るのは、隠しようのない敵意だった。
怖い。
怖い……。
生まれて初めて向けられる、むき出しの憎悪。
唯衣は無意識に後ずさりながら、少しずつホール中央へ移動する。
レオ。
レオ。
何度も心の中で名前を呼ぶ。
怖い。
怒りに満ちたその目が怖い。
綾乃は震える声で言った。
「わたくしの場所を……レオ様を返して頂くわ」
その瞬間。
綾乃はバッグから小さな瓶を取り出し、唯衣へ向かって投げつけた。
グラスが割れる音より早く、
「唯衣!!」
鋭い叫び声がホールへ響く。
次の瞬間。
レオの腕が唯衣を引き寄せた。
強く。
守るように。
抱き込むように。
「レオ?」
驚いて見上げた、その時だった。
――パリンッ。
破裂音。
透明な液体と霧のような粒子が空気へ溶けていく。
次の瞬間。
会場中の獣人たちが一斉に顔を上げた。
「……っ」
ざわり、と空気が揺れる。
獣人たちの本能が異変を察知した。
甘い。
異様なほど甘い香り。
フェロモンを強制的に刺激する危険な匂い。
レオの瞳が、一瞬で金色へ染まった。
「……レオ!!」
唯衣が呼ぶ。
だが、レオの呼吸は急激に乱れ始めた。
心臓が痛い。
頭が割れそうだ。
本能が叫ぶ。
番を求めろ。
噛みつけ。
抱け。
囲え。
噛みつけ。
噛みつけ――!!
身体中の狼が暴れ狂う。
だが。
違う。
違う違う違う。
「……気持ち悪い」
低い声が漏れた。
レオは喉を押さえる。
吐きそうだった。
身体が勝手に反応している。
それなのに魂が拒絶している。
その時だった。
「……レオ様」
綾乃の震える声が響く。
瞬間。
本能が叫んだ。
――番。
――オレの番。
視界が揺れる。
足が勝手に前へ出そうになる。
違う。
違う。
胸の奥で何かが必死に叫ぶ。
その時。
ふわり、と唯衣の香りがした。
石鹸の匂い。
柔らかな体温。
何度も隣で感じてきた安心する香り。
レオの耳がぴくりと震える。
「……ゆい」
掠れた声。
次の瞬間。
レオはほとんど反射で唯衣を抱きしめていた。
会場が静まり返る。
獣人たちが息を呑む。
中には、それが何なのか気付いた者もいた。
禁薬。
番薬。
浴びた獣人は理性を失い、本能に支配される。
それなのに。
レオは苦しみながらも唯衣を離さない。
「っ……は……」
肩で息をする。
爪が伸びる。
耳も尾も完全に獣化していた。
それでも。
唯衣を抱く腕だけは異様なほど優しい。
壊れ物を守るみたいに。
大切な宝物を包み込むみたいに。
そして。
レオがゆっくり顔を上げた。
金色の瞳。
そこにあったのは欲情ではない。
怒りだった。
「……お前、何をした」
静かな声。
なのに空気が凍りつく。
綾乃の顔から血の気が引いた。
その時、ようやく理解した。
信じていた。
薬さえあれば。
本能さえ味方につけば。
いつか振り向いてもらえると。
だが違った。
この人は。
壊れてもなお。
本能を狂わされてもなお。
自分ではなく、あの女を選ぶ。
その事実を。
綾乃は初めて思い知ったのだった。




