夏 リゾート地へ11 夜の砂浜
夕食を食べて
2人は少しだけ、 砂浜を歩くことにした。
ここは、 スイート専用のプライベートビーチ。
聞こえるのは、 静かな波の音だけ。
人の気配もなくて、 まるで世界に2人しかいないみたいだった。
レオと手を繋いだまま、 ゆっくり砂浜を歩いていく。
特に会話はない。
でも、 不思議なくらい心地いい。
時々、 隣のレオを見上げる。
すると必ず、 レオもこちらを見ている。
目が合うたび、 優しく微笑んでくれるから。
唯衣もつられるみたいに、 にこっと笑い返した。
また海を見る。
また歩く。
その繰り返し。
夜の海は、 昼間とは違う静けさをしていた。
ふいに、 肩へ温かいものがかかる。
レオのジャケットだった。
「寒くないか」
低い声。
ジャケットから、 ほんのりレオの匂いがする。
安心する匂い。
唯衣は小さく笑って、 もう一度レオの手を握り直した。
レオも、 静かに握り返してくれる。
波の音。
夜風。
繋いだ手の温度。
そんな穏やかな時間が、 唯衣は好きだった。
たぶん、 隣にレオがいるから。
どうしたら、 この気持ちをレオへ伝えられるんだろう。
どうしたら、 “わたしを見つけてくれてありがとう” を、 ちゃんと届けられるんだろう。
波の音を聞きながら、 唯衣は遠くの地平線を見つめた。
夜の海は静かで、 空と海の境界が曖昧に溶けている。
レオと過ごしてきた時間を、 ひとつずつ思い出す。
最初は遠い存在の人。
上の上の人。
完璧で。 近寄りがたくて。 綺麗すぎる人だと思っていた。
でも本当は、 誰より優しくて。
不器用なくらい真っ直ぐで。
いつだって、 わたしを一番に考えてくれる人だった。
守ってくれた。
抱きしめてくれた。
何度も、 “好き”を伝えてくれた。
こんなふうに愛される未来なんて、 昔の自分は想像もしていなかった。
繋いだ手へ、 少しだけ力を込める。
するとレオが、 静かにこちらを見た。
「どうした」
低い声。
唯衣は少し迷ったあと、 小さく笑う。
「……ねぇ、レオ」
「ん?」
「わたしを見つけてくれてありがとう」
その言葉に、 レオは少しだけ目を見開いた。
波の音。
夜風。
静かな時間。
その全部の中で、 レオはゆっくり唯衣の手を握り返す。
「俺の方が」
小さく落ちた声。
「見つけてもらったと思ってる」
そう言って、 レオはいつものみたいに優しく笑った。
胸の奥が、 ぎゅうっと熱くなる。
波の音を聞きながら、 唯衣はそっとレオを見上げた。
ああ。
今、 無性にこの人とキスがしたい。
あの大きな胸へ飛び込みたい。
抱きしめてほしい。
触れてほしい。
ただ甘えたいんじゃない。
もっと深く、 もっと近く。
“本当の意味で” レオがほしい。
レオはそんな唯衣の視線に気づいたみたいに、 ゆっくり足を止めた。
「……唯衣?」
低い声。
優しい声。
それだけで、 胸が苦しくなる。
唯衣は少しだけ唇を噛んで、 でも逃げずにレオを見つめた。
たぶん、 今の顔を見れば、 全部伝わってしまう。
レオは数秒、 黙って唯衣を見つめ返していた。
そして静かに、 繋いでいた手を引く。
そのまま、 唯衣を自分の胸へ抱き寄せた。
大きな腕。
安心する匂い。
心臓の音。
「……そんな顔されたら」
レオが苦しそうに笑う。
「もう我慢できなくなる」
低く落ちた声と一緒に、 そっと額が触れた。
夜の海。
静かな波音。
2人だけの世界で、 レオは宝物みたいに唯衣を抱きしめていた。
「……レオ、抱いて」
夜風に溶けるみたいな、 小さな声だった。
でも、
その一言だけで、 レオの呼吸が止まる。
繋いでいた手に、 少しだけ力が入った。
金色へ変わりかけた瞳が、 唯衣をまっすぐ見つめる。
「……それ、今ここで言う?」
苦しそうに笑う声。
たぶん、 ずっと耐えていた。
旅行が始まってから、 ずっと。
唯衣が笑うたび。
甘えてくるたび。
抱きつくたび。
耳を触るたび。
全部、 理性で耐えていた。
旅行のためのプランを実行するため。
唯衣に楽しんでもらうため。
(レオがほしい)
「……うん」
その瞬間。
レオは深く息を吐いて、 唯衣を強く抱きしめた。
大きな腕の中へ、 すっぽり閉じ込められる。
「明日動けなくても知らないぞ」
低い声。
でも、 抱きしめる手は驚くほど優しい。
レオはそのまま、 唯衣の額へキスを落とした。
頬へ。
瞼へ。
大切に触れるみたいなキス。
「……生涯かけて大事にする」
耳元で、 静かに囁かれる。
その声があまりにも愛おしくて。
唯衣はそっと、 レオの胸へ顔を埋めた。
レオは何も言わず、 そのまま唯衣を抱き上げた。
軽々としたお姫様抱っこ。
唯衣は自然に、 レオの首へ腕を回す。
夜の静かな廊下を、 レオはゆっくり歩いていく。
その間ずっと、 唯衣はレオの胸へ顔を埋めていた。
安心する匂い。
少しだけ潮風が混ざった、 レオの匂い。
大きな胸板へ頬を寄せるたび、 心臓の音が伝わってくる。
どくん。
どくん。
いつもより、 少し速い気がした。
「……レオ」
小さく名前を呼ぶと、 レオは腕の力を少しだけ強くする。
「ん?」
低い声。
優しくて、 甘い声。
唯衣は目を閉じたまま、 また胸へ擦り寄った。
今は、 この腕の中が世界で一番安心する。
レオはそんな唯衣を見ながら、 苦しそうに少し笑った。
「……そんな可愛いことされると困る」
でも、 歩く速度は変わらない。
急がない。
大切に運ぶみたいに、 ゆっくり部屋へ戻っていく。




