Interlude 泰山奪還作戦
山奥の村での診察が終わった。
最後の患者は狼族の子供だった。
「うむ。しっかり言いつけを守り、
運動もお手伝いもしておるみたいじゃな」
泰山が優しい笑みを向ける。
「うん! せんせいのいうことまもってるよ!」
「偉いぞ」
「しっかり食べて寝ることも忘れるでないぞ」
そう言って最後の診察を終えた、
その瞬間、
ぬらり。
泰山の肩に止まっていた影が
音もなく姿を現した。
続いて二つ、三つ。
まるで闇そのものが形を持ったように。
「おい、何をす……っ! 影か!?」
泰山が声を上げる間もなかった。
影たちは泰山と雫を抱え上げる。
そして
走った。
「うぉっ!?」
「きゃあああああっ!!」
常識では考えられない速度だった。
舗装もない獣道を一直線に駆け抜ける。
木々を飛び越え
崖を駆け上がり
岩場を突き抜ける。
風圧で呼吸もままならない。
小枝が頬を掠める。
着物の裾は裂け
泥と土埃が容赦なく全身へ付着した。
「おじぃちゃん!」
「わたしまだ死にたくないぃぃぃ!!」
雫の悲鳴が山中へ響く。
しかし影たちは止まらない。
影に拘束されている以上、
振り落とされる心配はない。
だが
優しさもなかった。
山一つ越える頃には、
雫の魂は半分ほど抜けていた。
ようやく麓へ辿り着いた時
待っていたのは休息ではなかった。
一機の大型ヘリ。
「まさか……」
泰山が嫌な予感を覚える。
その直後
影たちは二人を機内へ放り込んだ。
「待て!」
「年寄りを労わらんか!」
誰も聞いていなかった。
ローター音が轟く。
機体は急上昇した。
「うぉぉぉぉっ!?」
「いやあああああっ!!」
雫の絶叫が空へ消える。
数時間後。
ヘリは真壁家の屋敷へ到着した。
扉が開く。
影たちは任務完了と言わんばかりに
姿を消した。
残されたのは
泥と土埃まみれの老人と孫娘だった。
雫は転がるように機外へ降りる。
その場で膝をついた。
泰山も乱れた髪を掻き上げながら立ち上がる。
長旅の疲れではない。
魂を削られたような強行軍だった。
「ご無沙汰しております、泰山先生」
景が丁寧に一礼する。
その姿を見た瞬間。
泰山の眉が吊り上がった。
「影が動いた以上、
緊急事態だということは分かる!」
「じゃがな!」
泰山は杖を振り上げる。
「年寄りを年寄り扱いせい!」
「まったく……最近の若いもんは!」
「これでは寿命が縮むじゃろうが!」
景は一切動じない。
「申し訳ございません」
そう言いながらも歩みを止めない。
泰山は大きくため息を吐く。
そこまでして呼び戻したのだ。
ただ事ではない。
不機嫌なまま景の後を追う。
そして。
寝室の扉が開いた。
そこで初めて。
泰山はベッドの上で眠る唯衣の姿を目にした。




