唯衣倒れる2
昼過ぎになって、
ようやく泰山が往診にやって来た。
一ヶ月ほど山奥の村へ赴き、
診療を行っていたらしい。
レオが帰国してすぐ、
連絡用の電報は打っていた。
だが
山奥すぎて全く役に立たなかった。
今回は緊急事態。
景が動いた。
景が玄狼の許可をもらい
真壁家の影を使った。
影専用の連絡網を使い、
さらにヘリまで手配して、
泰山と雫を連れ戻したのである。
「年寄りを年寄り扱いせい!」
「まったく……最近の若いもんは」
泰山は相当な強行軍だったのだろう。
屋敷へ着いてからも、
寝室へ向かうまではずっと不機嫌だった。
ちなみに雫はヘリに酔ったらしく、
現在進行形でダウンしている。
コンコンコン。
「失礼します」
「泰山先生がお見えです」
扉が開く。
泰山が寝室へ入って最初に見たのは、
ベッドの側で唯衣の手を握り、
必死に声を掛けているレオだった。
目元は赤い。
実際、
目の前で唯衣が倒れたのだ。
取り乱すのも無理はない。
「若、先生が来てくださいました」
景が静かに告げる。
「泰山!」
レオが勢いよく振り返った。
「遅い!」
「唯衣が悪化したらどうする!」
「わしも必死に連れて来られたんじゃが……」
泰山は文句を言いかけて、
ふと唯衣へ視線を向けた。
「……おや?」
空気が変わる。
誰の目にも分かった。
さっきまで不満を口にしていた老人の顔が、
獣人医学の第一人者、
医師・久遠泰山の顔へ変わった。
「若様」
「少し失礼するぞ」
「こりゃ驚いたわい」
泰山が顎髭を撫でる。
「わしも長いこと医者をやっとるが、
これは初めてじゃな」
「なんだ!」
レオが立ち上がる。
「隠すな!」
「頼む……」
「唯衣を救ってくれ」
珍しく弱い声だった。
泰山はそんなレオを見て、
ふぉっふぉっふぉっと笑う。
「泰山」
レオの目が据わる。
「ぶっ殺す」
途端に殺気が溢れた。
寝室に控えていたメイドたちがふらつく。
膝をつく者までいた。
真壁家に仕える精鋭たちが、だ。
「落ち着きなされ」
泰山は呆れたように杖を鳴らした。
「周りが可哀想じゃ」
「落ち着いて聞け」
レオが息を呑む。
景も。
玄狼も。
誰も言葉を発しない。
そして。
泰山は満面の笑みを浮かべた。
「若様」
「若奥様はお懐妊じゃ」
部屋の空気が止まる。
レオも固まった。
だが
泰山はまだ続ける。
「しかもな」
口角が上がる。
「魂が二つある」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
「双子じゃ」
その瞬間。
部屋の全員の時が止まった。
「ふぉっふぉっふぉっ」
泰山の笑い声だけが、
静かな寝室に響いていた。




