Interlude 神谷陸 陽向の誘い
俺は人族だが、獣人族の友人は多い。
この会社に入ってからは、
同期の犬族・朝比奈陽向と
すっかり仲良くなった。
濁りという言葉が
辞書にないんじゃないかと思うほど、
こいつは純粋培養のいい奴だ。
どう言う訳だか急に
『めちゃくちゃ飲みたいから付き合え』
と連絡がきた。
仕事が終わって合流する。
俺は陽向と
駅前の少し騒がしい居酒屋で向き合うと、
今日ばかりは
こいつの耳と尻尾が
悲しげに垂れ下がっている。
「……結局、渡せなかったんだよ」
「このお土産」
陽向はカバンの中から小さな箱を取り出し、
諦めきれないように指先で弄んでいる。
真壁先輩に会いたくて、
期待して、
旦那とのやり取りを目の前で見て、
それでも諦めきれなくて。
そんな陽向の複雑な感情の機微が、
言葉にしなくても痛いほど伝わってくる。
「お前、真壁先輩のこと、
マジで好きなんだな」
俺がそう言うと、
陽向はきょとんとして、
目を白黒させた。
「えっ、好き……? 」
「俺が……? 」
「……あ、でも先輩、人族だよ……?」
「あれ? 好きって、こういう気持ちのこと……?」
あちゃー。
陽向は完全に迷路に迷い込んでいる。
俺はジョッキの冷えたビールを一口煽り、
照れくささを隠すように言った。
「俺は人族だけど、
そんな純粋無垢な陽向が好きだぜ。
お前は男とか女とか、
先輩とか後輩とか、
そんな枠なんて抜きで、
ただ真壁先輩っていう存在そのものが
好きなんだろうさ」
陽向はゆっくりと俯いた。
その小さな呟きの中に、
期待とは違った答え、
自分の無力さへの戸惑い、
そして初めて知った
恋心という名の鋭い痛みが、
全て凝縮されているのを俺は感じていた。
「……恋って、苦しい」
その一言。
言葉自体は短い。
けれど、
そこに辿り着くまでの陽向の心の中に、
どれだけの葛藤や、
抱えきれないほどの想いが
渦巻いていたのか。
俺には、
陽向のその震える声を通して、
こいつが今まで一人で背負ってきた
混乱の全てが見えるようだった。
そのあとはあえて踏み込まず、
他愛もない話題へ振った。
陽向はたまにグラスを見つめて
沈黙するけれど、
俺がゲームの話を振れば、
無理やりにでも笑ってくれる。
早くこいつが元気になってくれたらいい。
人族の俺には、
陽向の抱える純粋すぎる苦しみを
完全に理解することはできないかもしれない。
それでも、
こいつのまっすぐな性格が
いつか報われることを、
俺はただビールを飲み干しながら
心の中で祈っている。
明日から
最終章に入ります。
あともう少しお付き合いしてくれると
嬉しいです。
最後まで宜しくお願いします。




