朝比奈陽向2
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
真壁先輩が
申し訳なさそうに眉を下げる。
「いえ、ほんと今さっき来たところッス!」
必死に答えると、
先輩は優しく微笑んでくれた。
「誘ってくれてありがとうね」
「急だったからビックリしちゃった」
「何か相談?」
ちゃんと話を聞いてくれる姿勢が嬉しい。
「いえ、相談というか」
「報告に近いッス」
「ご飯を食べたら話しますね」
そう答えながら、少し照れる。
これから話すことを思うと、
胸が少し痛かった。
ランチの間は他愛もない話をした。
最近の仕事のこと、
同期のこと、
新入社員歓迎会のこと。
湖畔が綺麗だったとか、
散歩道がよかったとか。
そんな時間を過ごすのは楽しかった。
食後のドリンクが運ばれてくる。
俺は鞄から小さな箱を取り出した。
一ヶ月間、
渡せなかったお土産だ。
「新歓の時のお土産です」
「あの時、渡せなくて……」
そっとテーブルへ置く。
「あっ! あの時はごめんなさい!」
真壁先輩が慌てたように声を上げた。
「急に夫が帰ってきて、
ビックリしちゃって」
夫。
……その言葉が胸に落ちる。
分かっていたはずなのに、
やっぱり少し重い。
「……あの、先輩」
俺はドリンクへ視線を落とした。
心臓がうるさい。
今さら緊張するなよ。
「俺、先輩のこと好きなんです」
言った。
ようやく言えた。
「付き合いたいとか、
旦那さんと別れてほしいとか……」
そこまで言って、
言葉に詰まる。
本当は違う。
そんなこと考えなかった訳じゃないけど、
それを言う資格は俺にはない。
「なんていうか……好きだったんです」
それだけ言った。
「お土産もブレスレットなんです」
「付けてもらえたら嬉しいな
と思って買いました」
顔を上げる。
真壁先輩は目を丸くしていた。
そして、みるみる顔が赤くなっていく。
「先輩? 大丈夫ですか?」
心配になって尋ねると、
先輩は胸に手を当てて小さく深呼吸した。
「……ちょっと待ってね」
「すごくビックリしちゃって」
それから、
少し照れたように笑う。
「わたしね……」
「夫以外の人に好きって言われたの初めてなの。
それに朝比奈くん、
獣人族だから余計にビックリした」
先輩はストローを指先でくるりと回し、
真っ直ぐ俺を見た。
「ありがとう」
優しい声だった。
「朝比奈くん、
わたしを好きになってくれてありがとう。
こんな素敵な男の人に
そう言ってもらえて嬉しい。本当に」
胸が少し痛い。
でも、嬉しかった。
先輩は少しだけ微笑んでから、
言葉を続けた。
「でも、ごめんなさい」
やっぱり、その言葉は来る。
不思議とショックはなかった。
もう知っていたから。
「わたし、夫の真壁レオを愛してるの」
迷いのない声。
真っ直ぐな言葉。
だから負けたんだろうな。
そう思った。
「でも、朝比奈くんの気持ちは
すごく嬉しかった。
これからもいい先輩でいられるよう頑張るね」
にこっと笑う。
その笑顔を見て、
あぁ、やっぱり好きだなと思った。
店を出て、
会社まで二人で歩く。
ゆっくり時間が流れてくれたらいいのに。
そう思う。
先輩はいつも通り仕事の話をして、
笑う。
俺も笑う。
でも、時々横顔を見てしまう。
先輩は真っ直ぐ前を見て歩いている。
それでも、
一度くらい、
俺のことを見てほしいと思ってしまう。
やっぱり、恋って苦しいや。
見上げた夏の空は、どこまでも高かった。




