渡せなかったお土産1
あれから一ヶ月。
新入社員歓迎会のお土産は、
まだ渡せずにいる。
もちろん鞄の中には入っている。
今日こそ渡す。
そう決めて家を出る。
けれど
結局まだ渡せずにいる。
チャンスがない訳じゃない。
ただ
今ひとつ勇気が出ない。
何パターンか練習もした。
パターン1
『これ、歓迎会の時のお土産です』
気楽に渡す。
パターン2
『これ、真壁先輩に似合うと思って
買いました』
少しだけ特別感を出す。
パターン3
『今度、一緒に行きましょう』
……。
やばい。
照れる。
ちょっと重いかもしれない。
「はぁ……」
思わずため息が漏れた。
人妻に恋をするとか。
ダメだろ。
でも
今は離れて暮らしているらしい。
もしかしたらチャンスかもしれない。
彼氏になりたい訳じゃない。
ただ
後輩から抜け出せたらいい。
そう思うだけだ。
いや。
それは建前だな。
手を繋ぎたい。
俺だけに笑ってほしい。
それが本音だ。
今日こそ渡す。
まずは距離を縮めないと。
だから
パターン1だ。
そう決意した瞬間。
「ひーなーた!」
後ろから大きな声が飛んできた。
「うわっ!」
肩が跳ねた。
振り返ると、神谷陸が手を振っていた。
「ビッ、びっくりした!」
「飯行こうぜ!」
「お、おう」
並んで歩きながら俺は尋ねる。
「そっち休憩行けるんだ?」
「おう」
「たまたまミーティング空いたから、
今のうちに昼行っとけって」
陸は気楽そうに答えた。
「食堂にしようぜ」
「今日のランチ何かな」
鼻歌混じりに歩いている。
その姿を見ていると、
さっきまで真剣に悩んでいた自分が
少し馬鹿らしくなった。
「お前は気楽でいいな」
ぽつりと呟く。
「ん?」
陸が首を傾げる。
「俺、獣人じゃないから耳良くないぞ?」
「いや」
思わず笑った。
「考えてるのが馬鹿らしくなったって言った」
「えっ?」
「そんな長いセリフ言ってた?」
陸は真面目な顔で首を捻る。
「俺、耳遠くなったかな……」
本気で悩み始めた。
その様子がおかしくて。
思わず吹き出した。
前の方で真壁先輩が歩いている。
一人だ。
陽向は思わず足を止めた。
こんなことは珍しい。
いつも誰かに囲まれている。
業務中は上司や先輩。
業務後は研修。
休日は獣人族の勉強や真壁家での予定。
渡そうと思えば渡せたのかもしれない。
でも
どうしても勇気が出なかった。
鞄の中にはずっと小さな箱が入っている。
歓迎会で買ったお土産。
一ヶ月。
ずっと持ち歩いている。
今なら
今しかない。
そう思った。
「ごめん!」
突然立ち止まって陸に伝える。
「仕事あるの思い出した!」
「昼飯また今度!」
「えっ?」
陸が目を丸くする。
「お、おう!」
「走るとコケるぞー!」
背後から聞こえる声を置き去りにして、
俺は走った。
デスクまで一直線。
引き出しを開ける。
鞄を開ける。
奥にしまい込んでいた小さな箱を掴む。
何度も渡そうとして。
何度もやめた箱だ。
「よし」
小さく呟く。
胸がうるさい。
耳も落ち着かない。
それでも。
今度こそ。
再び駆け出した。
よかった。
まだいた。
遠くに栗色の髪が見える。
「真壁先輩!」
思わず大きな声が出た。
唯衣が驚いたように振り返る。
大きな瞳が見開かれる。
「あっ、朝比奈くん?」
追いついた……。
はぁ。
はぁ。
息が上がる。
走ったせいなのか。
緊張しているせいなのか。
自分でも分からない。
「あ、あの」
言葉が出てこない。
頭の中で何十回も練習したはずなのに。
全部飛んだ。
「あの……これ」
震える手で小さな箱を差し出す。
「歓迎会の、お土産です」
「えっと」
「渡しそびれてて……」
「その……」
「大したものじゃないです!」
言った瞬間。
何を言ってるんだ俺はと思った。
真壁先輩がきょとんとした。
そして。
ふわりと微笑んだ。
「あ、うん」
「ありがとう」
その笑顔に胸が跳ねる。
「わざわざ選んでくれたの?」
優しい声。
優しい笑顔。
今。
その笑顔は自分だけに向けられている。
それがたまらなく嬉しかった。
「ありがとう」
低い声が背後から聞こえた。
「「えっ?」」
唯衣が振り返る。
そして!
「レオ!」
その声を聞いた瞬間、
俺は固まった。
今まで聞いたことのない声だった。
嬉しい。
会いたかった。
そんな気持ちが全部溢れ出したみたいな声。
気付けば。
真壁先輩は駆け出していた。
そして
迷うことなく、 その男の胸へ飛び込んでいた。
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X「真壁レオは今日も重い」
@reo_yui_archive




