唯衣が怒ってる訳4
「ありがとう」
唯衣は涙を拭った。
「絶対、一年後」
「レオの秘書として行くから」
真っ直ぐレオを見る。
「レオ」
「向こうで待っててほしい」
レオは即座に首を横に振った。
「行きたくない……」
「え?」
「仕事辞めても生活できる……」
真剣だった。
本気で言っている。
唯衣は思わず噴き出した。
「ふふっ」
そして。
ぎゅうっとレオを抱きしめる。
白銀の髪に頬を寄せた。
「レオ」
耳元でそっと囁く。
「結婚して」
レオの身体が固まる。
唯衣は続けた。
「離れない証が欲しいの」
少しだけ照れながら笑う。
「ワガママ言ってるの分かってる」
「でも」
抱き締める力を少し強くした。
「真壁唯衣になれたら」
「わたし、頑張れる気がする」
レオは何も言わなかった。
ただ
抱き締める腕だけが少しずつ強くなる。
「レオ?」
返事がない。
唯衣が顔を覗き込もうとした瞬間。
ぎゅっ。
さらに強く抱き締められた。
「レオ?」
肩が震えている。
しばらくして。
掠れた声が落ちた。
「ずるい」
「え?」
「そんなこと言われたら」
「唯衣が奥さんになったら」
レオは唯衣の肩へ額を押し付ける。
「行けなくなる」
その声があまりにも弱くて。
唯衣は思わず笑った。
「レオ」
優しく背中を撫でる。
「わたしたち」
「ずっと一緒にいる約束してるよ」
レオは黙って聞いている。
「おばあちゃんになっても」
「一緒にビデオ見て」
「好きって言ってくれるんでしょ?」
「おじいちゃんになったレオに」
「大好きって言いたい」
小さく肩が揺れた。
「だから大丈夫」
「一年なんてすぐだよ」
しばらく沈黙が続く。
やがて
レオがぽつりと呟いた。
「付き合う時も」
唯衣が瞬きをする。
「唯衣からだった」
「うん」
「結婚も」
「唯衣からだった」
唯衣は吹き出した。
「そうだね」
レオは少し黙る。
そして
本当に小さな声で言った。
「……俺の方が好きなのに」
唯衣の胸がきゅっとなる。
思わず笑ってしまった。
「わたしの方がレオに囚われてる」
即答だった。
レオは不満そうに眉を寄せる。
だが
その表情はどこか安心していた。
しばらくして
ゆっくりと顔を上げる。
水色の瞳にはまだ涙の跡が残っていた。
それでも。
今度は迷わず言う。
「明日、有給を取る」
「え?」
「唯衣のご両親に挨拶へ行く」
真剣な声だった。
「認めてもらえたら」
「その足で役所へ行こう」
唯衣が目を見開く。
「すぐ籍を入れる」
「唯衣の気持ちが向いている間に」
「もう!」
唯衣は泣きながら笑った。
本当にレオらしい。
レオはそんな唯衣の額へそっと口づける。
そして。
今度こそ決意したように微笑んだ。
「行ってくるよ、海外。奥さん」
唯衣は涙を拭いながら笑う。
「うん」
「待ってて、旦那様」
二人は顔を見合わせる。
それだけなのに。
なぜだか可笑しくて。
どちらからともなく笑い声が零れた。
さっきまで泣いていたはずなのに。
今は胸の奥が温かい。
レオはそっと唯衣の頬へ触れる。
「一年」
ぽつりと呟く。
「長いな」
唯衣も小さく頷いた。
「うん」
本当は寂しい。
本当は離れたくない。
けれど
二人とも知っている。
離れるためではない。
未来を掴むための一年なのだと。
レオは唯衣の額へそっと額を寄せた。
「愛してる」
静かな声だった。
唯衣は微笑む。
「愛してるよ、レオ」
迷いなく答えた。
だから
不安よりも
寂しさよりも
今は前を向こうと思えた。
レオとなら
どこにいても
何年先でも
きっと大丈夫だから。
二人は静かに寄り添った。
春の訪れは、もうすぐそこまで来ていた。
「唯衣、結婚しよう」




