真壁家に挨拶に行く8
スタンプラリーを終えた唯衣たちは、
玄狼へ報告するため執務室へ向かった。
景から今は仕事中だと聞いていたからだ。
レオが扉をノックする。
「じぃさん、入るよ」
「あぁ」
低い声が返ってくる。
部屋へ入ると、
玄狼は机の上の書類から顔を上げた。
「お祖父様!」
唯衣は嬉しそうにスタンプカードを差し出す。
「スタンプラリー、とても楽しかったです!」
「皆さまとお話もできましたし、
展望室もすごく素敵でした!」
言葉が止まらない。
「温室のお花も綺麗で……」
「本当に夢みたいでした!」
玄狼はそんな唯衣を見て、
満足そうに頷いた。
「それは良かった」
差し出されたスタンプカードを受け取る。
そして
机の引き出しから、小さな鍵を取り出した。
「ほれ」
唯衣へ差し出す。
「え?」
唯衣は思わず瞬きをした。
隣ではレオも首を傾げている。
どうやらレオも知らないらしい。
唯衣は鍵を見つめた。
「お祖父様、これは……?」
玄狼は口元を緩める。
「ふむ」
そして
「お前の部屋の隣じゃ」
当然のように言った。
「行ってこい」
唯衣とレオは顔を見合わせる。
ますます意味が分からない。
だが
玄狼の表情を見る限り、
説明する気はなさそうだった。
レオの使っていた部屋がある階までやって来た。
「ここだな」
廊下の一番奥。
見覚えのない扉の前でレオが立ち止まる。
「本当に知らないの?」
唯衣が尋ねる。
「ああ」
レオは鍵穴を見ながら答えた。
「こんな部屋あったか?」
珍しく本気で首を傾げている。
カチャリ。
鍵が回る。
ゆっくりと扉が開いた。
そして
唯衣は言葉を失った。
「……え?」
そこにあったのは。
見慣れた部屋だった。
ベッド。
机。
本棚。
お気に入りのクッション。
窓辺に置かれた小さな雑貨まで。
二人の家にある唯衣の部屋が、そのままそこにあった。
「家だ……」
思わず呟く。
真壁家へ来てから。
皆が優しく迎えてくれた。
歓迎してくれた。
それでもどこか緊張していたのだと思う。
知らない場所だったから。
知らない家だったから。
けれど。
この部屋を見た瞬間。
胸の奥にあった不安がふっとほどけた。
「レオ……」
声が少し震える。
「すごく嬉しい」
「泣いちゃいそう……」
唯衣はそのままレオにもたれ掛かった。
レオは何も言わず。
そっと肩を抱く。
そして優しく髪を撫でた。
「唯衣」
静かな声が降ってくる。
「よかったな」
唯衣は小さく頷いた。
しばらく部屋を見て回る。
すると机の上に一枚のカードが置かれていることに気付いた。
「ん?」
手に取る。
そこには短く文字が書かれていた。
『足りぬ物があれば景に言え』
『好きに使うとよい』
唯衣は思わず笑った。
歓迎の言葉もない。
気の利いた言葉もない。
けれど。
不思議なくらい温かかった。
「お祖父様らしい」
小さく呟く。
隣でレオもカードを覗き込んだ。
そして
「じぃさんだな」
呆れたように笑う。
唯衣はもう一度部屋を見回した。
ここは客室ではない。
ただ泊まるための部屋でもない。
真壁家へ来た時に帰る場所。
そんな部屋だった。
掌の中の鍵をそっと握りしめる。
胸の奥がじんわりと温かかった。
夕食を終えた頃には、
すっかり外は暗くなっていた。
楽しい時間はあっという間だ。
「そろそろ失礼します」
唯衣がそう告げる。
すると
食堂にいた屋敷の者たちの動きが、
ほんの少しだけ止まった。
誰も何も言わない。
けれど
どこか残念そうな空気が流れる。
「そうか」
玄狼が頷く。
その声も少しだけ寂しそうだった。
「今日は本当にありがとうございました」
唯衣が頭を下げる。
すると
「またお越しくださいませ」
誰かがそう言った。
それを合図にするように、
「次はゆっくりなさってください」
「温室もまだ見頃ではございませんので」
「季節が変わる頃も綺麗ですよ」
口々に声がかかる。
唯衣は思わず笑った。
歓迎されていることが伝わってくる。
それが嬉しかった。
「はい」
「また来ます」
その言葉に
屋敷の者たちはどこか安心したような顔を見せた。
そして
「次は泊まっていくと良い」
玄狼が当然のように言う。
「じぃさん」
「何じゃ」
「気が早い」
レオが呆れたように言うと、
玄狼は不満そうに鼻を鳴らした。
その様子に。
唯衣は思わず笑ってしまった。
本編の裏側や、レオと唯衣の甘い日常をXで更新中です。
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X「真壁レオは今日も重い」
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