真壁家に挨拶に行く7
「唯衣様」
景が静かに口を開く。
「庭に温室がございます」
「ご覧になられますか?」
唯衣が目を瞬く。
「温室ですか?」
「はい」
景は優雅に微笑んだ。
「なかなか見ることのできない花も
ご用意しております」
「唯衣様のご訪問が決まってから、
長が唯衣様の喜ぶ顔を見たい一心でお作りになった逸品でございます」
「こら!景!」
玄狼が勢いよく立ち上がった。
「台本と違うではないか!」
部屋が静まり返る。
唯衣が首を傾げた。
「……台本?」
しまった。
そんな顔をしたのは玄狼だった。
隣ではレオが肩を震わせている。
「おや」
景は涼しい顔のまま首を傾げる。
「口が勝手に」
「申し訳ございません」
深々と一礼した。
絶対にわざとだった。
「その……」
玄狼が咳払いをする。
珍しく歯切れが悪い。
「花は好きだろう?」
「見てこい!」
「見てこい!」
「すぐ見てこい!」
ますます怪しかった。
「それと」
景がどこからともなく一枚の紙を取り出した。
「こちらを」
唯衣へ差し出す。
「真壁家ロードスタンプラリーでございます」
「どうぞ」
「えっ?」
唯衣が固まる。
「スタンプラリー?」
「景ぃぃぃ!!」
玄狼が叫んだ。
「お前、絶対わざとやっておるだろう!」
「もう下がれ!」
「すぐ下がれ!」
景は静かに一礼する。
「かしこまりました」
全く反省していなかった。
唯衣は受け取ったカードを見る。
庭園。
温室。
噴水。
レオの部屋。
展望室。
なぜか細かくスタンプ欄が用意されている。
しかも。
隅には小さく。
『全制覇特典あり』
と書かれていた。
「お祖父様」
唯衣は思わず笑顔になる。
「とても嬉しいです」
「すごくワクワクします」
玄狼が固まった。
数秒後。
耳まで少し赤くなる。
「そ、そうか」
「それは良かった」
隠しきれていない。
そして。
ついにレオが耐えきれなくなった。
「ははっ……!」
肩を震わせていたレオが声を上げる。
「じぃさん最高」
その笑い声が部屋いっぱいに広がった。
温室の花は息を呑むほど美しかった。
色とりどりの花々が咲き誇り、
柔らかな陽光がガラス越しに降り注いでいる。
唯衣は思わず足を止めた。
温室の奥には
小さなテーブルと椅子まで用意されている。
花の香りに包まれながら腰を下ろすと、
まるで別世界に迷い込んだようだった。
隣にはレオがいる。
好きな花の香り。
大好きな人。
それだけで十分幸せな時間だった。
スタンプラリーも驚くほど凝っていた。
屋敷の主要な使用人たちと
自然に会えるよう工夫されており、
次の場所へ向かうたび新しい発見がある。
スタンプを押してもらうたびに渡されるのは、 小さなガラス瓶に入った星の砂だった。
光を受けてきらきらと輝いている。
そして瓶には、 それぞれの使用人からのメッセージが添えられていた。
『お待ちしておりました』
『ずっとお会いしたかったです』
『夕食を楽しみにしていてください』
『ようこそ真壁家へ』
どれも温かな言葉ばかりだった。
唯衣は受け取るたびに胸が熱くなる。
最初は緊張していた。
獣人族の長。
真壁家当主。
レオの育った家。
怖い人たちだったらどうしよう。
受け入れてもらえなかったらどうしよう。
そんな不安がなかったわけではない。
けれど
真壁家の人たちは誰もが優しかった。
歓迎してくれていることが伝わってくる。
その気持ちが嬉しくて。
唯衣は星の砂が入った小瓶を
そっと胸に抱きしめた。
本編の裏側や、レオと唯衣の甘い日常をXで更新中です。
小説の合間の息抜きにどうぞ。
X「真壁レオは今日も重い」
@reo_yui_archive




