真壁家に挨拶に行く4
屋敷の中もどこも丁寧に整えられていた。
至るところにキレイな花が生けてある。
長い廊下をレオのエスコートで進んでいく。
そして
大きな扉の前で止まった。
思わず背筋が伸びた。
レオが扉をノックする。
「じぃさん、俺。レオ」
「入れ」
低く落ち着いた声が返ってくる。
重厚な扉がゆっくり開かれた。
室内の中央。
ゆったりとしたソファに、
一人の男性が座っていた。
銀灰色の髪。
鋭さを感じさせる銀灰色の瞳。
年齢を重ねた威厳がありながらも、
どこかレオによく似た雰囲気を纏っている。
そして、その傍らには景が控えていた。
「若、時間通りで何よりです」
景が一礼する。
「唯衣様もお久しぶりでございます」
「お変わりはございませんか?」
そう言いながら、
景は二人をソファへ案内した。
「はい」
唯衣も頭を下げる。
「その節は、本当にありがとうございました」
「景さんのおかげで、乗り越えることができたと思っています」
景はわずかに目を細めた。
「それは何よりです」
そして静かに首を横へ振る。
「ですが」
「わたくしではございません」
「唯衣様ご自身のお力ですよ」
優しい微笑みだった。
「よく来た」
低く落ち着いた声だった。
レオによく似ている。
「じぃさんに紹介したい」
レオが真っ直ぐ玄狼を見る。
「白石唯衣さんだ」
「人族だが、将来の伴侶として迎えたい」
その言葉に。
唯衣は慌てて頭を下げた。
「は、初めまして」
「白石唯衣です」
「よろしくお願いいたします」
「うむ」
玄狼は静かに頷く。
「まずは座れ」
促されるまま席へ向かう。
「お茶をご用意しております」
景が一礼した。
「すぐにお持ちいたします」
そう言って部屋を後にする。
レオと唯衣は向かいのソファへ腰を下ろした。
玄狼は二人を見つめる。
そして静かに口を開いた。
「まずは唯衣さん」
「レオを支えてくれたこと、礼を言う」
「ありがとう」
唯衣は慌てて首を横に振った。
「そんな……」
「わたしは何もしておりません」
「ただ側にいただけですから」
声が少しずつ小さくなる。
「もっと何かできたら良かったのですが……」
玄狼はゆっくり首を横に振った。
「いや」
「貴女の存在が孫を助けた」
「それが全てだ」
部屋が静かになる。
「勝手に家を飛び出し」
「誰の言うことも聞かぬ捻くれ者を」
玄狼は隣のレオを見る。
「こうして家まで連れてきてくれた」
レオが露骨に嫌そうな顔をした。
「感謝しかない」
玄狼は気にせず続ける。
「今回の件もそうだ」
「貴女がおらねば、孫は壊れていたやもしれん」
「そう思うと」
「礼などという言葉では足りぬな」
その時だった。
銀灰色の瞳が柔らかく細められる。
威厳ある獣人族の長ではなく。
ただ孫を案じる祖父の顔だった。
その表情が。
どこかレオと重なる。
唯衣の頬が少しだけ熱くなった。
そして。
「じぃさん!」
レオが突然声を上げた。
「唯衣を見るな!」
「何を言うておる」
玄狼が眉をひそめる。
しかしレオは真顔だった。
「見過ぎだ!」
「唯衣が減る!」
レオが唯衣の目を塞いだ。
「馬鹿者」
玄狼は呆れたようにため息を吐いた。
「唯衣、こんなじぃさんより俺の方がいい」
レオが真剣な顔で言う。
唯衣は思わず瞬きをした。
「レオ、ありがとう」
そう言って、 唯衣は目を塞ぐレオの手を優しく握った。
「お祖父様の目がね」
「レオに似ていたから嬉しくて」
その言葉に。
レオが固まる。
「唯衣……」
少しだけ耳が赤い。
「ごほん」
玄狼がわざとらしく咳払いをした。
「レオ」
「重い」
「じぃさんに言われたら俺も末路だ」
レオが即座に返す。
玄狼の銀灰色の瞳が細められた。
「わしのどこが重い?」
「答えてみよ」
「どこって」
レオは呆れたように言う。
「全部だよ。
俺にまだ監視つけてるの知ってるからな」
「俺はちゃんとやれてる」
「監視ではない」
玄狼は即答した。
「見守りじゃ」
「同じだろ」
「違う」
「違わない」
祖父と孫の言い争いが始まる。
唯衣は二人を見比べながら、 どうしていいか分からずおろおろした。
その時だった。
「失礼いたします」
景がワゴンを押して部屋へ入ってくる。
絶妙なタイミングだった。
「唯衣様」
景は穏やかに微笑んだ。
「本日は緊張なさっているかと思いまして」
「リラックス効果のあるハーブティーをご用意いたしました」
香りの良い湯気が立ちのぼる。
「お熱うございますので、お気をつけてお召し上がりください」
唯衣はほっとしたように頷いた。
「ありがとうございます」
すると景は、 言い争いを続ける祖父と孫へ一瞥を向ける。
そして。
「なお」
「これはいつものことでございます」
涼しい顔で続けた。
「お気になさる必要は欠片もございません」
そして
「長はアサイーを。若にはコーヒーです」
景がそれぞれの前へ飲み物を置いていく。
唯衣の前には香りの良いハーブティー。
緊張していた気持ちが少しだけ和らいだ。
「それと……」
唯衣は持ってきた菓子折りを差し出した。
「つまらないものですが」
「お口に合えば嬉しいです」
玄狼はその箱へ視線を向ける。
そして
「うむ」
静かに頷いた。
「頂こう」
そう言うと景へ視線を向ける。
「景、頼む」
「かしこまりました」
景が丁寧に受け取った。
すると玄狼がふと口を開く。
「唯衣さん」
「はい」
「つまらないものなどと言うでない」
銀灰色の瞳が優しく細められる。
「わざわざ選んで持って来てくれたのであろう」
「それだけで十分じゃ」
唯衣は思わず目を瞬いた。
緊張で強張っていた肩から、
少しだけ力が抜ける。
「ありがとうございます」
小さく頭を下げると、
玄狼は満足そうに頷いた。




