真壁家に挨拶に行く2
週末なら都合が良いとのことで、
お祖父様のもとへ伺うことになった。
実は…
すごく緊張している。
レオは大丈夫だと言ってくれるけれど。
“獣人族の長”。
“真壁家当主”。
“レオのお祖父様”。
どの肩書きを聞いても、
緊張しない方がおかしい。
「ふぅ……」
大きく息を吐く。
「ふぅ……ふぅ……」
深呼吸。
よし。
大丈夫。
きっと大丈夫。
評判の良い菓子折りを抱え、 車へ向かう。
隣を歩くレオが、
時折わたしの顔を見ては笑っていた。
完全に面白がっている。
「……」
繋いでいた手を離し、 その場で立ち止まる。
レオが不思議そうに振り返った。
「どうした?」
わたしは返事の代わりに、
両手でレオの頬を挟む。
そのまま。
むにっ。
両頬をつねった。
「いだい」
「もう!」
わたしは少し涙目で睨む。
「本当に緊張してるの!」
「嫌われたら嫌だもの!」
「レオのバカ!」
完全な八つ当たりだった。
けれど
レオは怒るどころか、 楽しそうに笑っている。
「ごめん、ごめん」
そう言いながら、
頬をつねるわたしの手を優しく包み込んだ。
そして
その指先へそっと口づける。
「大丈夫」
レオは優しく目を細めた。
「じぃさん、お前のこと絶対好きになるから」
即答だった。
あまりにも迷いがなくて。
わたしは少しだけ肩の力を抜いた。
それでも
緊張するものは緊張する。
もう一度だけ深呼吸をして、
レオの隣へ並んだ。
《真壁家 同日早朝》
まだ太陽も昇りきっていない早朝。
白く吐く息が冬の寒さを物語っていた。
「いいか!全員、シミュレーション通りにやるのじゃ!」
「もう一回せい!」
真壁家当主にして獣人族の長。
真壁玄狼の怒号が屋敷中へ響き渡る。
「景様……どうか長をお止めください」
「まだ夜も明けておりません」
「皆、もう疲弊しております……」
屋敷の者の一人が悲痛な声を上げた。
その顔には隠しきれない疲労が浮かんでいる。
景は静かに目を閉じた。
そして小さく息を吐く。
「今日が本番です」
「皆、耐えてください」
そう言うしかなかった。
久しぶりに愛孫と、その恋人が訪ねてくる。
玄狼はレオからの久しぶりの電話で
まず浮かれた。
そして、
電話の内容にさらに浮かれた。
そこから屋敷を巻き込んだ
一大プロジェクトが始まったのである。
出迎えの確認。
応接室の確認。
茶菓子の確認。
庭の確認。
泊まってくれるかもしれないという
期待からのゲストルームの確認。
レオが使っていた部屋の点検。
掃除
整備
そのたびに屋敷中が振り回された。
そして今
玄狼自ら挨拶の予行演習を始めていた。
なお、台本は玄狼作である。
「違う!」
「唯衣ちゃん役!」
「そこで笑顔せい!」
「もっと自然に笑わんか!」
「長」
景が静かに口を開く。
「何じゃ」
玄狼が振り返る。
深く刻まれた眉間の皺。
鋭く細められた銀灰色の瞳。
どう見ても獣人族の長だった。
孫の恋人を迎える祖父ではない。
「長のお顔が怖すぎます」
景は即座に指摘した。
玄狼は眉をひそめる。
「わしはそんな顔をしておるか?」
「しております」
即答だった。
周囲の屋敷の者たちも無言で頷く。
玄狼は腕を組んだ。
「むぅ……」
真剣に悩んでいる。
獣人族の長が。
真壁家当主が。
誰よりも恐れられている男が。
「これでは唯衣ちゃんに
怯えられるではないか」
深刻だった。
実に深刻だった。
「長」
「何じゃ」
「そもそも唯衣様は優しいお方です」
「そのような心配は不要かと」
景の言葉に玄狼は首を横に振る。
「甘い」
「第一印象が肝心なのじゃ」
「しくじるわけにはいかん」
そして
「さぁ!」
「もう一回せい!」
屋敷中に再び怒号が響き渡った。
屋敷の者たちは遠い目をした。
それと反比例するかのように
玄狼だけが異常なほど元気だった。




