それぞれの戦い 白石唯衣4
タイムリミットまであと三日
レオは寝たり起きたりを繰り返していた。
けれど
昨日より
一昨日より
眠っている時間が増えている。
昼前。
泰山先生と、
その孫娘である雫さんが診察へ来てくれた。
ちょうどレオが起きている時間だったため、
軽い問診と採血も行われる。
診察を終えた泰山先生は、
満足そうに頷いた。
「昨日より、はるかによい」
その言葉にほっとする。
けれど。
続いた言葉に、
わたしとレオは同時に視線を逸らした。
「順調に魂が勝ち始めておる」
「よきこと、よきこと」
ふぉふぉふぉ、と楽しそうに笑う。
わたしの頬が熱くなる。
深い繋がりまでは至っていない。
けれど。
昨夜はかなり危なかった。
レオが思った以上に離してくれなくて、
レオの欲の強さを思い知らされたのだ。
「若様も、いつまでも十代ではありませんぞ」
「少しは節操を持ちなされ」
「泰山」
ベッドの上から低い声が響く。
「お前が唯衣を喰えと誘導したんだろうが」
「ほっほっほ」
「わしは魂を支えろと言っただけじゃ」
「同じだろ?!」
不毛な言い争いが始まった。
その様子が昨日のレオとの行為を
思い出して顔が真っ赤になる。
すると雫さんも小さく口元を緩めた。
わたしは立ち上がる。
「雫さん」
「よければお茶にしませんか?」
雫さんは柔らかく微笑んだ。
「ぜひ」
リビングへ移動する。
唯衣は改めて頭を下げた。
「雫さん」
「今日は来てくださってありがとうございます」
雫は柔らかく微笑む。
「こちらこそ」
「若様には昔からお世話になっていますので」
「それに」
少しだけ目を細めた。
「白石様のお話は
祖父から昨日聞いていましたので」
「え?」
唯衣が驚く。
すると雫は苦笑した。
「『若様の愛しき方がな』
『綺麗な方でな』
『気立ても良くてな』
と聞かされていましたので」
「先生!」
寝室から泰山先生の笑い声が聞こえてきそうだった。
雫さんは落ち着いた綺麗な人だった。
狼族の医師で、
泰山先生の跡を継ぐため
医学の道へ進んだらしい。
年齢は聞いていない。
けれど。
千景さんと同じくらいだろうか。
そんなことを考える。
「白石様が学ぼうとしてくださって、
嬉しいです」
雫さんは優しく言った。
「獣人族のこと」
「狼族のこと」
「若様のこと」
「きっと知るほど楽しくなりますよ」
その言葉に胸が少し温かくなる。
そして。
「明日の診察の時、また別の資料をお持ちしますね」
「今日は入門用ですが、
分かりやすいものを選びました」
雫さんは数冊の本をテーブルへ置いた。
『獣人医学入門』
『獣人族史概論』
『狼族文化基礎』
どれも分厚い。
わたしが思わず固まっていると。
雫さんはくすっと笑った。
「基礎は大事ですから」
どうやら。
獣人族への道は、
思ったよりずっと奥が深いらしい。
一時間ほどで、二人は帰っていった。
今日は景さんが第五統合へ向かっているため、
今はここにはいない。
本家への報告は泰山先生たちが行うらしい。
玄関で二人を見送ったあと、
わたしは寝室へ戻る。
レオは再び眠っていた。
その隣へ座り、借りた本を開く。
思っていたよりずっと読みやすかった。
獣人族の歴史。
種族ごとの特徴。
生態。
そして、番について。
基礎用の本らしく、
初心者のわたしにも分かりやすい。
知らないことばかりだった。
でも。
知れば知るほど、もっと知りたくなる。
わたしはノートを開き、
気になったことを書き留めていく。
狼族特有の習性。
番への執着。
獣人化。
獣神化。
そして。
偽番薬について。
明日、
雫さんへ聞きたいことが
どんどん増えていった。
ふと。
視線を感じた。
顔を上げる。
レオと目が合った。
金色の瞳が、じっとこちらを見ている。
「起きてたの?」
そう聞くと、レオは少しだけ笑った。
「……真剣に勉強してるから」
「声かけづらかった」
どこか嬉しそうな声だった。
唯衣は本を閉じる。
「起きれそう?」
レオは小さく唸った。
「うーん……」
そして。
少しだけ唇を尖らせる。
分かりやすすぎる催促だった。
唯衣は思わず笑う。
ペンとノートを机へ置き、
そっと身を乗り出した。
軽く唇を重ねる。
一度。
二度。
優しくキスをすると、
レオが安心したように目を細めた。
「唯衣」
「ん?」
「……お前が側にいるだけで安心して寝れる」
胸が熱くなる。
レオは静かに続けた。
「悪夢、見なくなってる」
その言葉が嬉しかった。
ただ側にいるだけ。
それだけでも。
わたしはちゃんと、レオの力になれている。
レオの髪を優しく撫でる。
タイムリミットまで、あと三日。
わたしも最後まで側で支えよう。
そう改めて心に決めた。




