それぞれの戦い 白石唯衣2
「先生にお尋ねしたいことがあります」
唯衣は泰山先生へ向き直った。
泰山先生は目を細める。
「ほぉ」
「若い娘さんからのお誘いじゃ」
「断る道理はなかろうて」
ふぉふぉふぉ、と楽しそうに笑う。
唯衣も少しだけ笑った。
「では、わたくしがコーヒーでも
ご用意しますね」
景が静かに口を開く。
「泰山先生はオレンジジュース100%でしたね」
「お好みは変わっておられませんか?」
すると泰山先生は真顔で言った。
「いや、今日はタピオカがよいのぉ」
「黒糖ミルクブラックティー」
「わし、あれ好き」
沈黙。
景がゆっくり目を閉じる。
そして深いため息を吐いた。
「泰山先生」
「なんじゃ」
「どうぞ喫茶店へ行ってらっしゃいませ」
「ここは圧倒的知名度を誇る台湾発祥のグローバルチェーンではございませんので」
「景」
泰山先生が肩を落とす。
「お前さん、昔から何も変わらんのぉ」
「ほんと、北極ぐらい心が冷えておる」
「寒い」
その瞬間。
景の大きな黒い翼がばさりと広がった。
圧。
唯衣は思わず背筋を伸ばす。
数秒後。
泰山先生は咳払いをした。
「……オレンジジュース100%でよい」
景が満足そうに両手を合わせる。
「かしこまりました」
そして涼しい顔で続けた。
「では、リビングへ参りましょう」
リビングのソファへ移動すると、
泰山先生はどしっと腰を下ろした。
景が人数分の飲み物を置いていく。
オレンジジュース100%。
ブラックコーヒー。
そして唯衣のカフェラテ。
「それで?」
泰山先生が
ジュースを飲みながら目を細めた。
唯衣は背筋を伸ばす。
「はい」
「わたし、獣人族のことを
もっと知りたいんです」
「レオさんのことを知るのと同じくらい、
大切だと思っていて」
泰山先生は目を丸くしたあと、
嬉しそうに笑った。
「それは素晴らしい考えじゃ」
「相手を知り、自分を知る」
「そうして初めて、
隣に立てるものじゃからな」
唯衣は小さく頷く。
泰山先生は続けた。
「じゃが今の状況では、
外で自由に調べるのも難しいじゃろう」
「そこでじゃ」
「わしの孫娘を紹介しよう」
「孫娘……ですか?」
「うむ」
「雫という」
「狼族の医者でな」
「人族と獣人族、両方の医学を学んでおる」
「きっと唯衣様の力になってくれるじゃろう」
「はい!」
「ありがとうございます!」
唯衣が頭を下げると、
泰山先生はふぉふぉふぉと笑った。
そして
ジュースをひと口飲んでから、
少しだけ真面目な顔になる。
「さて」
「わしからも唯衣様へお願いがある」
空気が少し変わる。
「若様の状態じゃが」
「最後は、若様自身の気力が
勝てるかどうかじゃ」
唯衣は思わず
レオの眠る寝室へ視線を向けた。
泰山先生は静かに続ける。
「偽番薬は本能だけではなく、
脳へも深く入り込む」
「じゃが魂までは支配できん」
「だから若は、まだ抗えておる」
「そして本来」
「獣人の番というものは、
理屈だけで決まるものではない」
「匂い」
「体温」
「鼓動」
「触れ合い」
「そういったもの全てを、魂が覚えておる」
唯衣は息を呑む。
泰山先生はジュースを揺らしながら笑った。
「特に本当に求める相手の体液には、
獣人の本能を安定させる作用がある」
景が小さく目を伏せる。
「……文献上でも確認されています」
「番同士は互いを癒やし、毒を退ける、と」
「うむ」
泰山先生は頷いた。
「じゃが大事なのは番かどうかではない」
「誰を求めておるかじゃ」
「身体は案外、正直にできておるからのぉ」
「偽物には負けんよ」
唯衣の頬が少し熱くなる。
なんとなく。
何を言われているのか分かったからだ。
その言葉に胸が熱くなる。
「そこでじゃ」
「唯衣様には、若の魂を支えてほしい」
「魂を……?」
「うむ」
「若様が本当に求めておるものを、
思い出させ続けるのじゃ」
泰山先生は優しく笑った。
「難しいことは考えんでよい」
「若様の喜ぶことをしてやりなさい」
「好きだと伝える」
「側にいる」
「触れる」
「安心させる」
「それだけでも、
人は驚くほど強くなれるものじゃ」
景が静かに頷いた。
「若様は唯衣様の前では、
かなり素直でいらっしゃいますから」
「それは貴重なことなのですよ」
唯衣は自分の手を見つめた。
レオのためにできること。
ちゃんとあるんだ。
そう思えた。
本編の裏側や、レオと唯衣の甘い日常をXで更新中です。
小説の合間の息抜きにどうぞ。
X「真壁レオは今日も重い」
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