それぞれの戦い 榊 景2
本家とNEXUS PROJECTS、
そして若のお住まい。
その三ヶ所を行き来する日々が続いていた。
若の状態を
逐一本家へ報告するよう言われている。
長は口では、
「勝手に家を飛び出したのだ。」
「自業自得だろう」
と仰る。
だが
その割には一日に何度も進捗確認をしてくる。
技術者たちへも、
「何か変化があればすぐ報告しろ」
と指示を出していた。
昔から若には甘い。
本当に甘い。
景は小さくため息を吐いた。
長の秘密の部屋には、若グッズが所狭しと並んでいる。
写真集
アクリルスタンド
等身大パネル
その他諸々。
若が家を出てから作られたアルバムだけでも、優に千冊を超えていた。
しかも全て年代別、行動別、季節別に整理されている。
バックアップまで完備だ。
最近では、
『唯衣ちゃんとの両想い記念』
なるものまで制作された。
若と唯衣様のペア仕様である。
自分は見なかったことにした。
若の執着は長譲りだと確信している。
若が引っ越す度に長は両隣の部屋を買い上げる。
「アイツに何かあっては死んでも死にきれん」
とのことだった。
もっとも
あの長が誰かに殺される姿など、
誰も想像できないのだが。
景は再びため息を吐いた。
今日も本家へ向かわなければならない。
面倒な若様報告が待っている。
「失礼いたします。榊でございます」
重厚な扉の前で挨拶をする。
「入れ」
低い声が返ってきた。
景は静かに扉を開く。
部屋の中央。
山積みの書類の向こう側に座るのは、獣人族の長にして真壁家当主、
真壁玄狼だった。
景が一礼して顔を上げた瞬間だった。
「遅い!」
机を叩く音が響く。
周囲に控えていた獣人たちが、びくりと肩を震わせた。
「毎日一時間おきに報告せよと言うておろうが!」
「この戯けが!」
長は本気で怒っていた。
景は静かにため息を吐く。
「申し訳ございません」
そう言ってから続けた。
「ですが、一時間おきは早すぎると毎回申し上げております」
「つい三時間ほど前にも、同じ会話をいたしましたが」
景は首を傾げる。
「長はとうとう記憶障害でも患われましたか」
「うるさい!」
即座に怒鳴り返された。
「お前はレオの様子と唯衣ちゃんの様子を、すぐに報告しに来ればよいのだ!」
「怠慢め!」
「では」
景は涼しい顔で答える。
「三時間前にも申し上げましたが」
「若様のお住まいへ行かれ、ご自身の目で確認なさればよろしいのでは?」
沈黙。
数秒後。
玄狼が机を叩いた。
「くそっ!」
「わしから行けんことを分かっておって、すぐそれを言う!」
「ほんと性格が悪い!」
景は心の中で頷いた。
若と同じことを仰る。
やはり血は争えない。
景は軽く咳払いをした。
「ごほん」
「わたくしも忙しい身の上ですので、
報告を続けさせていただきます」
玄狼の表情が真面目になる。
景も自然と表情を引き締めた。
「若様ですが」
「混乱状態と錯乱状態が徐々に長くなっております」
部屋の空気が変わる。
「起きている間は、本能と魂の衝突が続いているのでしょう」
「主治医の久遠泰山先生とも協議いたしました」
「栄養剤と抑制剤は点滴へ切り替えます」
「場合によっては睡眠導入剤も点滴するとのことです」
「睡眠時間を可能な限り延ばし、解毒薬完成まで身体への負担を軽減する方針です」
玄狼は黙って聞いていた。
その拳が机の下で固く握られていることを景は知っている。
怒っているのではない。
心配しているのだ。
昔から変わらない。
獣人族の長であろうと。
真壁家当主であろうと。
若様のことになると、
あの方はただの祖父になる。
「……そうか」
玄狼が小さく呟く。
その声には、長としてではなく
ただ孫を案じる祖父としての響きがあった。




