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 産まれてからまだ五日目でしかないことをすっかり忘れて、脆弱な赤子の身体を酷使してしまったようだ。


 私の世話役になった修道女姿の娘が小部屋にやって来て、皮製の哺乳瓶で林檎と葡萄が混じったような果汁を一度だけ飲ませてくれた、というのはぼんやり覚えていたが、どうやら丸三日も眠り続けていたらしい。


 だが、何よりも驚いたのは、目覚めた直後にわが身に起きたことだった。


 いつの間にか、首を左右に回すことも、腕を振り上げることも、寝返りを打って身体の向きを変えることもできるようになっていたのだ。


 何がどうなっているのだ?


 知らない間に二、三年も経っていたのではないか、と疑わずにはいられなかった。


 前世の常識からすれば、人間がこんな急速に育つのは明らかにおかしい。


 筋金入りの擦れっ枯らしを自認していても、さすがに訳がわからず混乱した。


 正直なところ、私の想像力の範疇を超えた現実を受け入れるのは難しかった。


 こちらの世界では、普通の赤子がほんの数日で身体を動かせるようになる、というのが当たり前なのか?


 近くに比較する相手がいないから、私だけがごく稀に発生する突然変異だった、という可能性もあるが、転生先についてまったく知識がない状態なのだから、自分にとって都合のいい解釈をするのは避けておいたほうがいいだろう。


 いくら見た目や最高寿命が前世と変わらないからといって、大気に含まれる成分や人の身体を構成している要素、重力とか磁場が及ぼす影響といったものまで同じであるとは限らないのだ。


 だとしたら──納得まではできていないが──肉体の造りや成長の仕方が違っていても不思議はない。


 いや、もっとぶっ飛んだこともあり得るだろう。


 例えば、薄緑色の謎兎は中型犬くらいの体格に見えているが、実際には前世の兎と同じ大きさで、私の身の丈のほうが縮んでいる、という事態だ。


 自分の生死に直に繋がるのだから、検証が済んでいない時点での勝手な思い込みは捨てなければならない。


 むしろ、これくらいの速さで成長しなければあっさり外敵に殺されてしまう、と考えておくべきだ。


 前世では好んで人間を餌にする生き物はいなかったが、こちらを狩りの獲物と見なしている肉食の獣がいてもおかしくないし、高度な文明を築き上げるくらい知性に優れた輩ならば、牛や豚のような家畜を飼う感覚で「養殖場」を作っているかもしれない。


 害意を持った連中を安全かつ確実に始末できる手段は、使いものになりそうな「天賦の異能:念動力」の他にも、何種類か用意しておいたほうがいいだろう。


 きちんと私の役に立ってくれるなら、魔法だろうと兵器だろうと毒物だろうと、何でも構わない。


 たとえ非人道的なものであっても、気にはしない。


 私にとっては「敵」と認識した奴を殺せること自体が大事であって、こだわりや美学は必要ないからだ。


 まあ、立って歩くこともできない赤子の状態であれこれ考えたところで、頭でっかちの戯言にしかならないのだが。


 差し当たっては、身の回りの些事、具体的には飲み食いと着替えと排泄をこなせるようにするのが先だ。


 異世界について知識を得るにせよ、不自由なく過ごせるだけの金を稼ぐにせよ、まずは自分の意思で動くことができなければ話にもならない。


 加えて、絶対に欠かせないのが言語の理解だ。


 といっても、他人と親しくなるのが目的ではない。


 実を言うと、完全な自給自足が望めるならば、人里離れた山奥に家を構えて俗世間とは縁を切った隠居生活でもしようか、と想像を膨らませていたのだが、さすがに独力で衣食住のすべてを確保することはできないので、何らかの形で関わりを持たなければならない相手が否応なく発生してしまうからだ。


 人付き合いなど糞食らえだ、と心の底から思っているが、他者の手を借りなければならない場面はどうやっても避けられないので、ここはやむを得ないと割り切るしかない。


 日常的な会話については、無垢な嬰児を装って愛想笑いを振り撒きながら、周囲の者に構ってもらえるようにすればいいだろう。


 聞き取りをする機会を多くして、語彙を増やして文法を身に着けると同時に、口や舌の動きを観察して発音の仕方を反復練習で覚えるのだ。


 読み書きに関しては、この修道院──今のところ、何らかの宗教を冠した施設であることがわかっているだけで、教会なのか寺院なのかも判断がついていないのだが、面倒なので修道院と呼んでおく──にいられる間に体得しておかなければならない。


 管理者らしい初老の男の善意のおかげで衣食住を与えられてはいるが、おそらく産みの親に捨てられたと思われる私は、何の役にも立たない穀潰しでしかないから、ほんの些細なきっかけで野外に放り出されても不思議はない身なのだ。


 自分の見た目が可愛らしいかどうかわからないが、せいぜい赤子らしく愛想笑いを振り撒いて、顔見知りせず人懐っこいという印象を持たれるように、老若男女を問わず、周囲の者の機嫌取りを欠かさないようにしよう。


 かつて嫌々ながら雇われ仕事をしていたときの記憶が蘇って、すでに自分の一部と化してしまった胸糞悪い感情が湧き上がってきた。


 だが、こうして不自由を強いられている状態が転生した先でも変わらないならば、ある程度は前世の知識や経験がそのまま適用できるかもしれない、と思いついた。


 例えば、金の稼ぎ方ならば、他人が欲しがる品物を用意してくれてやるか、さもなくば面倒臭くて手を出したくないことを代わりにやってやるか、の二つに一つだけだが、同様のことが当てはまる可能性が高いのではないか?


 異世界の国々で成人として扱われる年齢が何歳なのかはわからないが、金儲けの方法を数種類考えておいて、子供のうちに試してみるのもいいかもしれない。


 もっとも、私自身は商売には興味はないし、働くのも大嫌いだから、日銭を得るために仕方なく身体を動かしている姿しか想像できないのだが。


「くぅん?」


 神出鬼没の謎兎が、私の枕元でもぞもぞ動きながら寝言のような声を漏らした。


 自分の足で立って好きなように歩けるようになったら、こいつの背中に跨って乗り回すのもいいかもしれない。


 あれこれ考えごとをしていて忘れていたが、三日も眠り続けていたせいでほとんど何も口に入れておらず、我慢の限界に近いくらい腹が空いていたことを思い出した。


 あの修道女姿の娘を呼ぼうとしても、赤子の身では泣き声にしかならないしな、と胸の内で呟いたとき、まるで私の思考を読んでいたかのように小部屋の扉が開いた。


「お待たせ。ご飯よ、セイジ」


 少しの間、惚けたように口を開けたまま固まってしまった。


 聞き間違いではなかった。


 前世と同じ名を与えられたことは、すでに「個別記録一覧」を見て知っていたが、音の響きまでまったく一緒だとは思ってもいなかった。


 いや、大事なのはそっちではない。


 どうして生後五日目にして人間の話す言葉が理解できてしまっているのだ?


 異世界転生を扱った若者向けの小説に出てくる、神や超自然的な存在から特殊な能力を授かった主人公と同じなのか?


 確かに、この修道院の霊安室で目覚めたときからずっと、本来ならば死産だったはずの赤子の身体に宿った私にとって、あまりにも都合がいい──ろくでもない目的を持った者が何か仕組んだのではないかと疑いたくなるほどの──出来事が立て続けに起きている。


 未だに得体の知れない「個別記録一覧」と合わせて考えれば、どこかの物語の中に放り込まれてしまった、と説明されたらすんなり納得してしまうくらいだ。


 夢や希望という言葉がまだ死語になっていない十代の少年ならば、何の疑いも持たずに舞い上がってもおかしくない。


 だが、こちらは、とっくの昔に人間らしい感情など失ってしまった、自他ともに認める筋金入りの擦れっ枯らしだ。


 私自身は、他人から賞賛や社会的な評価を受けるという意味では、逆立ちしても特別な存在ではないし、そんな風に思ってもいない。


 となると、異世界の赤子というのは、前世の仔犬や仔猫と同じどころか、それを何倍も上回る速さで成長するのだろうか?


 事実は違っているかもしれないが、そういうものだと考えることにしよう。


「あなたの好きなガプの搾り汁よ。たっぷり飲んでね」


 腹が減って膨れっ面をしているように見えたのか、修道女姿の娘は私を手編みの籠から抱き上げて、皮製の哺乳瓶の吸い口を含ませた。


 林檎と葡萄が混じったような果汁の甘酸っぱい味が、喉を通り過ぎていった。


 一日に五回は飲ませてくれるので、すっかり慣れ親しんだものになっていた。


 換気用の小窓から糞の臭いが流れ込んでくることがあるから、牛や山羊のような家畜を飼っている様子は窺えるのだが、数が少ないせいなのか、あるいは肉や毛を得る目的で育てているせいなのか、赤子に乳を飲ませる習慣はなさそうな感じだ。


 代わりに、果物の類は割と豊富にあるらしく、蜜柑や梨、桃や柿のようなものは何度か見かけている。


「今日は特別にお休みを頂いたから、外に連れて行ってあげるね」


 腹ごしらえを終えたときに告げられたのは、私にとっては喜ばしい言葉だった。


 この小部屋は、断熱や遮音という点から見れば居心地は悪くないのだが、一日中ずっと閉じ籠もっているのは、出不精な性格を自覚している私でも辛いものがある。


 転生した先の異世界について知識を得るためにも、どうにかして建物の外に出て調べて回る必要があったから、修道女姿の娘の申し出は見逃すことのできない絶好の機会だった。


 おそらく、生殺与奪を他人の手に握られているせいで、無意識のうちに焦りを感じていたのだろう。


 うっかり腕を伸ばして相手に抱きついてしまったのだ。


 私らしくもない失態だった。


 娘のほうは感激しながら顔を緩めていたから、大した問題にはならなかったが、下手な真似をすると変に疑われる羽目になる、ということは改めて自分に言い聞かせておこう。


「くぅ!」


 声をかけられたのは私のほうだったが、どういうわけか我が物顔で枕元に居座っている謎兎が返事をした。


 散歩に連れて行ってもらえると期待した仔犬のように、目を輝かせて毛足の長い尻尾を勢いよく振っていた。


 いや、こいつを前世の兎と同じだと考えるのはやめよう。


 本人も否定していたしな。


 修道女姿の娘はくすくす笑いながら、私を腕に抱いて小部屋から出た。


 必要に迫られて逃げ出すときにはどういう道順を辿ればいいか思い描きながら、建物の造りがどうなっているか頭に入れているうちに、初めて目にする外の景色が視野に飛び込んできた。


 連れて行かれたのは、遊歩道のような小径で四つの区画に仕切られた、柑橘類の匂いと腐葉土の臭いに満ちた果樹園だった。


 緑色の葉が生い茂った樹木には、収穫するときに手が届くようにする細工は施されていなかったが、樹冠に近いところには、背丈が高くなりすぎないように鋏で剪定された跡があった。


 熟していない蜜柑のような実が数多く成っていたが、日陰になって薄暗かった上に少し離れていたせいで、常緑樹なのか落葉樹なのかは判別がつかなかった。


 季節は前世の物差しで言えば晩春といった感じで、暑くもなく寒くもなく過ごしやすい気温だった。


 この地域には四季があるのだろうか?


 といっても、特に感動なんてものはなかった。


 何よりも先に判断すべきは、私にとって快適に暮らせる環境であるかどうかで、これが異世界なのかと喜ぶような感性は持ち合わせていないのだ。


「くぅ!」


 薄緑色の謎兎が嬉しそうに鳴き声を上げて、腐葉土になりかけた朽ちた落葉や枯れ枝を撒き散らしながら跳ね回っていた。


 修道女姿の娘も微笑を浮かべて、散策を楽しんでいるように見えた。


 さて、私のほうはここからひと仕事だ。


 望んでもいないのに異世界に転生をさせられたのは不可抗力だとしても、どんな環境に放り込まれたのかは把握しておく必要がある。


 自分の生死に直結することなのだ。


 どういう気候の土地なのか、考えられる自然の猛威は何か、この修道院は人間が安全に暮らせる場所にあるのか、十分な水と食糧を得ることができるのか、衣食住のために手間と労力がどれほど要るのか──といったことを、限られた時間の中で調べなければならない。


 おそらく、今の私は赤子らしからぬ険しい顔になっていると思うが、亜麻色の髪の娘が相手ならば、得体が知れないと疑いを持たれても、愛想笑いを振り撒いてやるだけで簡単にごまかせるだろう。


 思案に耽っていたとき、薄緑色の謎兎が何やら勝ち誇ったように顎を反らして、地面に落ちていた果実を口にくわえている姿が目に入った。


 褒めてほしいのか、こちらがうざったく感じるくらい尻尾を振っていたので、仕方なく腕を伸ばして頭を撫でてやった。


「くぅん! くぅん!」


 私を飼い主だと思っているのか、やたらはしゃいでいるような反応が返ってきた。


 蜜柑に似た球形の果実は、橙色と緑色が混じったような見た目で、十分に熟していない大きさだったが、食いしん坊にとっては関係ないらしく、ろくに噛まずに丸飲みしてしまった。


 修道女姿の娘は顔を緩めて、喉が詰まって喘いでいる謎兎を眺めていたが、私の意識は少し離れたところに植えられた樹木と、筋状の雲が浮かんでいる薄青色の空に向いていた。


 興味が湧いた風を装って指で示したら、自分が産んだ赤子の相手をするように「あれは太陽で、朝が来ると東から昇って、夕方になると西に沈むの」と丁寧に教えてくれた。


 神とか偉大な存在とか聖霊の住処といった扱いをする感はなかったから、この修道院が自然崇拝の宗教を掲げていることはないだろう。


 さらに詳しく話を聞かせてもらったところ、春夏秋冬に相当する季節区分もあるらしいとわかった。


 些細な事柄ではあるが、決して見逃すことはできない収穫だ。


 ここが前世と同じような惑星だと仮定すれば、左回りの自転と恒星の周囲を巡る公転があって、南北を貫いている地軸が十度から二十度くらい傾いている、ということだ。


 となると、一年を通じた降雨量や気温の変化についても、口に入れる果物や野菜や木の実などについても、私の記憶にある以前の知識がある程度はそのまま当てはまるのではないだろうか?


 前世での気候区分がどんな風だったか思い出しながら、果樹園の四方を囲っている背の低い垣根や、中庭と思われる場所に一定の間隔で植えられた樹木をしばらく眺めて、蜜柑のような実が成っている果樹に再び目を向けた。


 近くまで寄ってみて、常緑の広葉樹であることがわかった。


 垣根として使われている灌木も、木陰と観葉が目的と思われる樹木も同様だった。


 鬱蒼と生い茂った葉は厚く、表面は油脂を塗ったようにつるつるで、頭上から降り注ぐ陽光を照り返していた。


 寒さを凌ぐために葉を枯らして落とすのではなく、暑さに適応するための仕様だ。


 幹や枝と比べた大きさを見ると、夏場は乾燥せずに雨が多く降ると思われる。


 これらの断片から、修道院が建っている地域は、前世で暮らしていた場所と似た気候なのではないか、と推測することができた。


 もし地球と同じ惑星だとしたら、温帯という「人間に優しい土地」は──季節風による影響があるかどうかを考えず、さらに冬に雨が多くて夏が乾燥する地中海性気候や、緯度が高い割には温暖な西岸海洋性気候も含めてひと括りにしたとしても──ごく限られた範囲にしか存在しないため、水や食糧が足りなくなったせいで戦争が起きた場合、ほぼ間違いなく武力を持った連中に狙われる羽目になる、ということを覚えておかなければならない。


 かつての故郷のような島国だったら、暴力を振るって他者から略奪することが何よりも効率的だと気付いた狡猾な輩がいても、わざわざ海を渡ってきて襲ってくるというのは稀だろうが、ここが大陸の一部ならば、今までに数え切れないくらい戦乱に見舞われていると考えておいたほうがいい。


 つまり、自分の身を守るための手段──害意を持った人間を殺す方法──は、何種類も用意しておかなければ安心して眠ることもできない、というわけだ。


「異能:念動力」で人間を殺す方法を思いついて、うまく行きそうだと検証できたまではいいが、使い勝手のいい武器を身に着けた程度で浮かれてしまったのは反省すべきだ。


 少なくとも、百人くらいの暴徒が襲ってきても全員まとめて始末できるようにしておかなければならない、と自分に言い聞かせた。


「ご飯の支度しないといけないから、そろそろ戻るわね」と、修道女姿の娘が残念そうに呟いた声に気付いて我に返ったときには、先ほど通り過ぎた戸口が目の前に近づいていた。


 本音を言えば、もっと広い範囲を調べたかったが、生まれ変わって初めての外出にしては悪くない成果だった。


 癪ではあるが、自分の足で立って動き回れるようになるまでは、外に連れて行ってもらうだけで我慢するしかない。


 やはり、食いしん坊の謎兎を飼い慣らして私専用の乗り物にすべきだろうか?


「くぅん?」


 不思議そうに首を傾げてこちらを見つめていたが、何でもないと腕を振って相手にはしなかった。


 修道女姿の娘の行く先が、寝床として与えられた物置のような小部屋ではなく、ここの管理者と思われる初老の男の執務室だったからだ。


 私に関することで、何かあったのだろうか?


 まあ、今の赤子の身体でできるのは、せいぜい周囲を観察することだけだから、あまり気にしても仕方がないのだが。


 修道女姿の娘が分厚い両開きの木の扉を叩いて、私を連れてきたことを伝えた。


「シーナか。入りなさい」


 前世の記憶を元にすると五十代後半くらいの年齢に見える初老の男が、若い頃に演劇の心得でも身に着けていたのか、よく通る声で告げた。


 私を腕に抱いている娘の名はシーナというのか、と思ったが、今は取るに足らぬことだと切り捨てた。


 紙と墨の匂いが漂っている執務室では、見知らぬ男女が居心地の悪そうな顔で長椅子に腰を下ろしていたのだ。


 こいつらが私の産みの親なのだな、と直感的にわかった。


 といっても、別に怒りや憎しみが湧いたわけではない。


 せいぜい「ほう、そうなのか」と思っただけで、無関心も同然だ。


 筋金入りの擦れっ枯らしに、普通の人間と同じ反応を求めるのが間違っている。


 親兄弟だろうと自分の子供だろうと、私にとっては「血が繋がっているだけの他人」にすぎない。


 家族ではないか、と言われても、こちらは「だからどうした?」という反応しか出てこない相手なのだ。


 さて、死産だと思われていた赤子が無事だったと知らされて、こいつらは何と答えるだろうか?


 二人揃って、関わりたくもない厄介事が来やがったと言わんばかりの顔を隠そうともしないので、どんな結果になるのか簡単に想像はつくのだが。


 私のほうも、今後のことを考えて修道院に残ると決めているから、この場で親子の縁を切ることになってもまったく問題はない。


 だいたい、明らかに裕福な身分であると見て取れる格好こそしているが、知識も教養も感じられない顔つきをした連中──私が最も毛嫌いしている人間なのだ。


 こいつらの周囲にいる親族も、中身は大して変わりはないだろう。


 そんな輩の元に望まれない赤子が転がり込めば、ちょうどいい憂さ晴らしの相手として虐待されたり、衣食住の面で差別や嫌がらせをされたりして、数え切れないくらい胸糞悪い思いをするのが目に見えているし、私からすれば何の得にもならない。


 おそらく、修道院側が私の面倒を見る代わりに、寄進という名目で毎月決まった金額を養育費として払わせる、というのが今回の話し合いの落としどころだろう。


 初老の男が気難しそうな顔で堅苦しい言葉を並べて、頭の中身が軽そうな若者に長々と説明を繰り返していた。


 私の魂が宿ったせいで死産だったと思っていた赤子が息を吹き返したのは、まったくの偶然ではあるが、産みの親として引き取らなければ育児放棄したと見なされて、かなり重い罪に問われてしまう恐れがあるから、捨て子として修道院が身柄を預かる形にしたほうが互いにとって望ましいのではないか、といった内容の話をしていたようだ。


 養育費の額を決めるときに少し揉めたようだが、せいぜい二十歳くらいにしか見えない若者に勝ち目はなく、交渉事に長けた雰囲気のある初老の男の言い分が丸ごと通った結果となった。


 まあ、はっきり聞き取れなかったり理解できなかったりした言葉があったし、こういう意味合いではないかという憶測が混じっているので、勝手な思い込みや勘違いして捉えている部分があるかもしれないが。


 私としては「ざまあみろ」と爽やかに罵声を浴びせてやりたい気分だったが、いかにも沸点が低そうな産みの親が敵に回ることになると、何かと面倒事が増えてしまいそうで困るな、と思って、この場は眠たそうな顔を装っておくことにした。


 死んでいたと信じて疑わなかった赤子が生きていたからなのか、得体の知れないものを見るような視線を感じたが、まったく気にならないどころか、こちらを疎ましく感じて関わらないでもらえるならば大歓迎だ。


 とはいえ、前世の苗字と似た響きを持ったサイディアルという家名は、念のために頭の片隅に入れておくことにした。


 何らかの悪事に関わって官憲に目をつけられているかもしれないし、食うのに不自由のない身分だとしたら、事業の利権や遺産を巡って骨肉の争いを繰り広げている可能性もある。


 一人歩きと読み書きができるようになったら、サイディアル家について忘れずに調べておこう。


 たまたま金持ちな連中と血が繋がっているというだけで、身代金を目当てにした誘拐の対象にされたり、自分とは関係ないのにとばっちりを受けたりするのは、正直言って迷惑この上ない。


 親兄弟というのは、信頼できる味方であることが多いが、とてつもなく厄介な敵になり得る存在でもあるのだ。


 おかげで、産みの親である男女が舌打ちしながら出て行ったときには、私の気分は実に清々しいものになっていた。


 完全に生家と縁が切れたわけではなさそうだが、まともに躾もされていない軽薄そうな感じの若造の元に引き取られる、という胸糞悪い事態は避けることができたようだ。


 今の時点で優先すべきは、衣食住の面で世話をしてくれる保護者と、誰にも頼らないで生きていくための知識を得られる環境なのだ。


 産みの親の一族が金銭的に不自由のない身分であることは間違いないとしても、生家に連れて行かれて、前世で味わったのと同じくらい不愉快な目に遭うとしたら、まったく割に合わない。


「──というわけだ、シーナ」


 初老の男が修道女姿の娘に向き直って、私の産みの親とどのような話し合いをしたのか説明していたが、だいたい予想した通りだった。


 もっとも、サイディアル家の血筋を引いていることに変わりはないので、何年か経って遺産相続や事業の後継者争いが起きて厄介事に巻き込まれてしまうかもしれないが、当面の平穏は確保できた、と考えていいだろう。


 独り立ちして、この修道院から出て行くときには、誰にも知られずに亡くなった者から名前をもらって、自分の存在を抹消しなければならないが。


 他人の都合が元ではあるが、将来への道筋が見えてきたように思えた。


 なるほど、きちんとした目的ができた人間はこういう気持ちになるのか。


 前世では、四十二年という短い生涯で一度も抱いたことのない感情だった。


 胸糞悪い思いを溜め込んだまま脳出血で逝ってしまった末に、死産だったはずの赤子の中に放り込まれたのは、今度は十分に生きたと言ってから死ね、という意味だったのかもしれない。






 

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