Episode.9 王立魔導研究所
王宮の奥、 厳重な魔法結界の向こうに広がるのは、王立魔導研究所。
漆黒の床に刻まれた魔法陣が静かに脈動し、 宙に浮かぶ書物が自動で頁をめくる。
部屋の中心には、淡く輝く黒い結晶が安置されていた。
それはザンガの瘴気を封じ込めた「試料」だった。
近づくほど空気が重く、肌にまとわりつくような圧がある。
そんな中、恭しく頭を下げる白髪の男がいた。
「ようこそお越しくださいました。
私はこの研究所の責任者、ゲイル・ハーヴェンと申します」
彼の声は穏やかでありながら、
どこか張り詰めた緊張感を帯びていた。
セシリア女王が軽く頷くと、ゲイルは机の上に広げた資料を指し示す。
「では――現在までに判明している“ザンガ”の情報を共有いたします」
ミリア、ライガ、そしてリリシアは身を乗り出すように耳を傾けた。
◆◆◆
ーザンガに関する研究報告ー
「まず、ザンガの出現場所や周期は一切不明です。
ただし、共通して“黒い霧”が立ち込めてから数日以内に姿を現す傾向があります。
霧は瘴気を含んでおり、これを吸い込んだ一定数の者は体調を崩し、
やがて“魔瘴病”を 発症します」
リリシアは肩を震わせながら呟いた。
「やっぱり......あのときの霧も......
っというか!待ってくださぃ~私も数ヶ月前くらいに瘴気を吸い込んじゃってるんですけどぉ!
私、死んじゃいますか!?」
ゲイルは首を横に振る。
「魔障病は早くてすぐに、遅くても瘴気が体内に入ってから2ヶ月ほどで発症します。
それ以上経っているのであればとりあえずは大丈夫でしょう。
魔障病にかかる、かからないは運要素もあります故……」
そのまま説明を続ける。
「魔瘴病は進行度によって次第に五感を奪っていきます。
最後は何も見えず、聞こえず、感じぬまま死に絶えていく恐ろしい病気です...。
そして瘴気を吸い込んだ量によって進行度が変化していきます。」
ミリアが目を見開く。
母との暮らしを思い出してみると、
確かに五感を失いかけていた感じは見えていた。
「ですが――希望もあります。
瘴気による病は“エリクサー”を服用することで 治療が可能であることが、つい先日判明しました」
「エリクサー......!」
ミリアが息を呑む。
「ただし、調合は極めて難しく、材料も希少。
我々研究所でもまだ試作品を一滴も作れておりません」
ミリアは真剣な表情で頷き、核心に迫る。
「......ザンガを、倒すことはできるのですか?」
ゲイルは目を伏せ、重い口を開いた。
「倒す方法は――現時点では見つかっていません。
ただし、“闇魔法”によって 封印することは理論上、可能とされています。
かつて魔導の頂点とされた”大賢者”は闇魔法により、ザンガを封印したと文献に記されています。
ですが、闇魔法の使い手は稀少で......我々の世代では、誰一人見つかっておりません」
その言葉の直後、
――ミリアとライガの視線が同時にリリシアへと向いた。
「......え?」
「......な、なんですかぁ......その目ぇ~!?」
リリシアは両手をぶんぶん振りながら後ずさる。
「わ、わたしは嫌ですよぉ~!
ザンガと戦うなんて了承してませんし!
封印とか、そういうのもムリですぅ~!」
その様子に、ゲイルが興味深そうに目を細めた。
「ふむ......闇魔法が使えると?
しかもあなたの魔力の質――尋常ではありませんね」
ゲイルが魔力探知の魔法を展開し、驚愕に目を見開く。
「......信じられん。
闇だけでなく、 火・水・風・土・雷――
すべての属性に適性を持っている!
光を除けば、理論上“すべて”を操れるということだ!」
リリシアは恥ずかしそうに頬を掻き、
「う、うへへぇ~......そ、そう言われると......
えへへ......悪い気はしませんねぇ~......」
と、ニヤニヤ笑い出した。
ミリアは苦笑しながら、ぽんとリリシアの頭を撫でる。
「すごいのはわかってたけど......まさかここまでとはね」
「うへへ~。ミリアさん~もっと褒めてもいいんですよぉ~」
横でライガがため息をつく。
「調子に乗んなよ......今の顔、ちょっと怖ぇぞ」
ゲイルは続けて、古びた魔導書を開きながら語る。
「あなたほどの魔法の使い手なら――
“究極魔術”を会得できる可能性がある」
「究極魔術?」
とライガが首を傾げる。
ゲイルは説明を続けた。
「それは、太古の昔、大賢者が使ったと言われる各属性魔法の極致――魔術の深淵。
今の世でそれを使えるのは、名のあるSランク冒険者や
帝国や王都の最上位の数名の騎士、そして“爆炎の魔導士”と呼ばれる犯罪者だけです」
「爆炎の魔導士......?」
「火属性の究極魔術を行使できる者。
数年前、南方の都市をひとつ丸ごと焼き払ったと伝えられています。
彼は今、全国手配中。――もし出会っても、戦わないことをお勧めします」
リリシアは、驚異的なスピードで首を縦に振った。
「は、はいぃぃっ!逃げます!全力で逃げますぅぅ~!」
ライガは呆れ顔でため息をつく。
「お前、そういうとこだけ反応早ぇよな......」
少し間を置いて、ミリアが話を戻す。
「では――エリクサーを作るには、
どんな材料が必要なんですか?」
ゲイルは手元の資料をめくりながら答える。
「エリクサーの調合には、三つの聖なる素材が必要です。
一つ、エルフの里の“世界樹の葉”。
二つ、深海の“人魚の涙”。
三つ、天空神殿の“神水”。
これらを魔力を循環させながら配合すれば、純度の高いエリクサーが完成するでしょう」
ミリアは真剣な目で頷き、言葉を紡ぐ。
「エルフの里なら――昔、父さんと母さんが訪れたことがある。
話も聞いてる。まずはそこへ行こう」
ライガは拳を握り、力強く言った。
「よし!じゃあ次の目的地は決まりだな!」
リリシアは少し不安げに呟く。
「エルフの里って......
迷いの森の奥にあるって噂の、あの......?」
ミリアは微笑みながら答える。
「そう。けれど大丈夫――私たち三人なら、きっと辿り着ける」
そして、セシリアの温かな見送りを背に、
ミリアたちは新たな旅路へと歩み出す。
――次なる目的地、“エルフの里”へ。




