Episode.10 漆黒の剣
王都グランディアを出発して三日。
緑の丘を越え、
川沿いの街『アルドネ』に到着したミリアたちは、
エルフの里へ向かう前に旅の道具と食料を補充していた。
石畳の通りは昼下がりの陽射しを浴び、
露店の商人が威勢よく声を張り上げていた。
――そのときだった。
「どけぇぇぇぇっ!」
怒鳴り声とともに、
通りのざわめきが一瞬で凍りついた。
数人の男が人々を突き飛ばしながら進んでくる。
重厚な鎧を身につけ、背には血に染まったような黒剣を背負っている。
避けきれなかった青年が肩を突き飛ばされ、荷物が地面に散らばった。
しかし、男たちは謝るどころか、嘲笑するように通り過ぎていく。
「うわっ......またあいつらだ......」
近くの商人が、震える声でミリアたちに囁いた。
「お嬢さんたち、あんたらも道を開けな。
関わるとロクなことにならんよ」
ミリアは一瞬眉をひそめたが、素直に道を譲る。
男たちはミリアの前を通り過ぎると、ニヤリと笑って言い放った。
「目立つ顔してんな......気をつけな、お姫様」
通りの空気が一気に重くなる。
その背を睨みながら、ライガが低く唸った。
「あいつら何者だ?」
商人はため息をつき、
周囲を見回しながら小声で言った。
「奴らは最近この街を拠点にしてるAランク冒険者パーティ“漆黒の剣”だ。
リーダーのベルダって男は、 力だけは本物らしいが......。
街じゃやりたい放題で、誰も逆らえねえ。
とにかく、関わらないことだ。命が惜しいならな」
そう言い残し、商人はそそくさと去っていった。
リリシアは今にも泣きそうな顔でミリアの背中に隠れた。
「しょ、商人さんの言う通りにしましょぉ~......!
あんな人たちに逆らったら、 わたしたち全員灰にされちゃいますぅ~!」
ライガは苛立ちながら拳を握る。
「チッ......A ランクだろうが、胸くそ悪ぃ奴は胸くそ悪ぃ......」
ミリアは落ち着いた声で言った。
「今は面倒を起こすべきじゃない。目的はエルフの里――忘れないことね」
その冷静な一言に、ライガも渋々頷いた。
旅支度を整えた三人は、黒い霧の情報を得るために冒険者ギルドを訪れた。
賑やかなホールでは依頼掲示板の前に人が群がり、酒と笑い声が混じり合っている。
受付嬢に黒い霧の情報を尋ねるも、返ってきたのは首を横に振る仕草だけだった。
「この辺りでは目撃情報はありませんね......。
最近は魔物の数も減って、むしろ平和ですよ」
その言葉にリリシアはホッと息を吐いた。
「よ、よかったぁ~......しばらくは安全なんですねぇ~......」
だがその直後――ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「おい、ベルダ様のお通りだ!」
昼間見かけた男たちが入ってきた。
先程まで騒がしかったギルド内が静まり返る。
ベルダを先頭に、筋肉質な男たちが酒臭い笑い声を上げる。
ベルダはドレッドの黒髪を乱暴にかき上げながら、
ミリアの姿を見つけて足を止めた。
「おぉ......さっきの姉ちゃんじゃねぇか。
こんなとこで会うとはな......やっぱ運命か?
ギャハハハ!!」
ミリアは眉をひそめたが、静かに応じる。
「悪いけど、今は旅の途中なの。あなたたちと遊んでる暇はないよ」
ベルダはニヤリと笑う。
「つれねぇな。......そこのガキとひょろい兄ちゃんなんてやめて、
俺たちと来いよ。女の扱いは慣れてるぜ?」
その言葉に、ライガの拳がピクリと動いた。
「......てめぇ、今なんつった?」
しかし、ミリアがその腕をそっと掴んで止める。
「放っておきましょう。相手をする価値もない」
ベルダは鼻で笑い、
「ちっ、つまんねぇ女だな。
まぁいい......そのツラ、忘れらんねぇぜ」
と言い残してギルドを後にした。
去り際、彼の仲間がリリシアを見てニヤニヤと笑う。
「怯えてやがる。可愛いじゃねぇか」
リリシアは悲鳴を飲み込みながらミリアの背にしがみついた。
「ひぇぇぇぇ~~!死ぬかと思いましたぁ~!」
ミリアはそっとリリシアの頭を撫で、
「大丈夫よ。何も起こらなかった。それで十分」
と優しく囁いた。
静まり返っていたギルド内ではミリアたちを心配する声がちらほら聞こえる。
(あの姉ちゃんたち、ヤベェぞ……。漆黒の剣に目ぇつけられちまった)
(俺たちも近寄らないほうがいいだろうな……。巻き添えはごめんだ)
ギルドの受付嬢はミリアたちに忠告した。
「あの〜……、お気持ちは分かりますがあまり逆らわないほうがいいと思います……」
「私たちも問題を起こしたいわけじゃないから。
明日にはこの街を出るよ」
「それならいいんですけど、あまり刺激しないことをお勧めします……。
中でもリーダーのベルダは気に入らない冒険者を殺しているという情報も聞いています。
裏でうまくやっているのでギルドでは処理できなくて困っていますが……。」
ミリアは受付嬢の忠告を受け入れ、漆黒の剣には関わらないと決めた。
しかしこのままあの連中が大人しくしてくれるとは思えず、
胸の奥に不気味は違和感を残してギルドを去った。
夜。
宿の一室で、ミリアたちは明日の出発に備えて休息を取っていた。
リリシアは窓際の月を見上げながら、震える声で呟く。
「ミリアさん......さっきの人たち、
きっとまた何かしてきますよぉ......」
ミリアは落ち着いた声で答える。
「心配しないで。何かあっても、私とライガがいるわ」
ライガもベッドに腰を下ろしながら苦笑する。
「まあ、あんな連中、俺がまとめてぶっ飛ばしてやるよ」
リリシアは不安げに頷きつつも、少し安心したように布団に潜り込んだ。
――そのころ。
同じ街の裏路地。
薄暗い酒場の奥で、“漆黒の剣”の面々が酒瓶を片手に笑っていた。
「ベルダ、昼間の姉ちゃん......強気だったな。
ああいう女、たまんねぇだろ?」
「ふん、ああいうのはな、
最初は抵抗しても、すぐに泣き出すもんだ」
ベルダはグラスを傾け、不気味な笑みを浮かべる。
「昼間のあのガキ、女のほう――怯えてただろ。
......あいつを“人質”にすりゃ、 あの姉ちゃんも大人しくなるんじゃねぇか?」
仲間たちは下卑た笑いを上げた。
「ははっ!そいつはいい!
あの女のガキを連れてくりゃいいんだな!」
ベルダは立ち上がり、薄笑いを浮かべたまま月を見上げる。
「へへ......待ってろよ、気の強い姉ちゃん。
お前の泣き顔、きっと綺麗だろうぜ......」
――闇が静かに、街を包み込んでいった。




