Episode.11 宵闇の罠
夜が深まり、アルドネの街は静寂に包まれていた。
月が宿の屋根を淡く照らし、虫の声だけが響いている。
部屋のベッドの上で、ライガは腕を組んだままうつらうつらしていた。
ミリアは机に地図を広げ、次の行き先を確認している。
「......あれ?」
ミリアがふと気づく。
リリシアの姿がない。
「リリシア、どこ行ったの?」
「便所じゃねえか?」
とライガが言うが、すでに出てから十五分が経っていた。
ミリアの胸に不安が広がる。
「――遅すぎる……。探しに行こう」
二人はすぐに部屋を飛び出した。
宿の廊下を駆け抜け、裏手のトイレに向かう。
だが、そこにあったのは、血のような赤インクで書かれた一枚の紙。
『女のガキは預かった。
顔面をぐしゃぐしゃにされたくなければ俺たちに従え。
――漆黒の剣』
ミリアとライガは一瞬、無言で紙を見つめた。
次の瞬間、二人の周囲の空気が変わった。
ライガの拳が壁を叩きつける。
「......てめぇら、マジでやっちまったな」
ミリアは静かに紙を握り潰す。
瞳が冷たく光り、声が低く響いた。
「仲間に手を出すなんて......
あの連中、本気で後悔させてあげるわ」
街外れの廃墟。
灯りもほとんどない薄暗い中で、リリシアは縄で縛られていた。
「んんん~~~っ!」
叫ぼうとしても、口は布で塞がれている。
漆黒の剣の連中は嘲笑しながら、リリシアを取り囲んだ。
「へへっ、暴れても無駄だぜ、お嬢ちゃん。
お前のおかげで、あの女を思い通りにできるんだ。
感謝するぜ」
涙をこぼしながらリリシアは必死に身をよじる。
その瞳には恐怖だけでなく――悔しさも宿っていた。
(ミリアさん......ライガさん......っ)
ベルダは椅子に腰掛け、余裕の笑みを浮かべる。
「さぁて、そろそろ来る頃だな。
あの女、どんな顔して現れるか楽しみだ」
瓦礫の山が音を立てて崩れる。
夜風が吹き込み、灰が舞い上がった。
「......おっと、意外と早かったな」
ベルダが不敵に笑う。
「どうした?
あのひょろい兄ちゃんは怖くて逃げたのか?」
その言葉にミリアの唇がわずかに動いた。
「......後ろを見ればいい」
「は?」
振り返ったベルダの視界に映ったのは――
地面に転がる漆黒の剣のメンバーたち。
全員、完全に気絶している。
その中央で、縄を解かれたリリシアを支えているライガの姿があった。
「悪ぃな、全員まとめて寝てもらった」
ライガは軽く肩を回しながら言う。
リリシアは涙と鼻水まみれでライガにしがみついた。
「うわぁぁぁんライガさん~~っ!
信じてましたよぉ~っ!!
もぉ~~、私のしもべにしてあげたいくらいですぅ~っ!」
「お、おう......なんか大丈夫そうだな、お前」
ライガは頭をかきながら呆れたように笑った。
ミリアは一歩、前に進む。その表情は氷のように冷たい。
「昼間は面倒だったから見逃したけど――
仲間に手を出されたとなると、話は別だね」
ベルダの笑顔が引きつる。
「へっ......なんだよ、女がイキってんじゃねぇ。
俺が直々に相手してやるよ!」
ベルダは剣を抜き放ち、挑発するように刃を構える。
「お前も泣かせてやるぜ。剣を抜けよ。
真正面からぶっ飛ばして、その綺麗な顔を――」
「必要ない...。」
ミリアの声が、その言葉を遮った。
「はぁ?舐めやがって......!」
ベルダが叫び、地を蹴る。猛然と距離を詰めてくる。
ミリアは冷静に相手の行動を注視する。
「Aランク冒険者が強いか弱いかなんてどうでもいい……」
ベルダが剣を振り下ろした――その刹那。
ミリアは静かに、龍牙の呼吸を意識して深く息を吸い込んだ。
全身の筋肉がわずかに震え、瞳が赤く輝く。
空気が唸りを上げ、圧が空間を支配する――。
ベルダの剣が振り下ろされる寸前、ミリアの拳が、空気を裂いた。
ドゴォ――!!!
鈍い衝撃音が轟く。
ベルダの体が宙を舞い、顔面が変形するほどの一撃。
歯が砕け、血と唾が飛び散る。
そのまま壁に激突――
崩れ落ちた壁の向こうへ、ベルダの体が転がり落ちた。
ミリアは拳を下ろし、冷たく言い放つ。
「......ゴミクズ同然のあなた如きに、剣は必要ない」
ベルダは呻き声を上げることもできず、意識を失った。
倉庫には静寂が戻った。
夜風が、ミリアの髪をやさしく揺らす。
リリシアは怯えながらもミリアに駆け寄り、涙目で言った。
「ミリアさん......ありがとうですぅ......」
ミリアは微笑み、彼女の肩に手を置いた。
「いいの。リリシアが無事なら、それで十分......」
ライガはベルダの倒れた方を一瞥し、呟いた。
「......ったく。
もう二度とくだらねぇ真似できねぇだろ、あいつ」
――夜が明け始める。
三人は再び旅立ちの支度を整え、 静かな決意を胸に、エルフの里へと向かうのだった。




