Episode.84 威圧する眼光
風の丘が燃えていた。
赤黒い炎に焦げた大地、吹き荒れる熱風。
その中心で――ミリアとバランはなおも激突していた。
「“爆炎魔法”――災禍の炎!!」
巨大な炎柱が大地を薙ぎ払う。
ミリアは跳ぶが、限界は近かった。
全身が焼けるように痛む。
脇腹から流れる血も止まらない。
それでもミリアは止まらない。
「はぁぁぁっ!!」
光を纏った斬撃を放つ。
バランが爆炎で迎え撃つ。
衝撃と轟音。
二人同時に吹き飛ぶ。
地面を転がるが、すぐに立ち上がる。
「はぁ……はぁ……」
(息が苦しい…….視界が滲む……)
ミリアは剣を支えになんとか立っている。
対するバランも膝をつきながら笑う。
「……ハッ」
バランは血を吐くが、それでも笑う。
「しつけぇ……!!」
巨大魔法陣が展開される。
再び気温が上昇し、空気が焼ける。
ミリアは目を細めた。
(まともに受ければ終わる……。だから、前へ!)
「また突っ込んでくんのかよ!!」
バランが笑い、炎が膨れ上がる。
「“究極魔術”―― 」
ミリアは走る。
「"龍牙"肆ノ太刀――」
限界を超えて、光魔装が激しく明滅する。
バランが両手を広げた。
「消し飛べェッ!!――真紅の爆撃!!」
炎が落ち、世界が赤く染まる。
「――朧月ッ!!」
その瞬間。
ミリアの姿が揺れた――。
燕武と龍牙の合わせ技。
最小の動きと最短の軌道でバランに接近し、炎の隙間を縫い、切り裂く。
バランの目が見開かれた。
「な――」
ミリアは踏み込み、光を剣へ集中させる。
「はぁぁぁぁぁぁッ!!」
斬撃と爆炎が衝突し、そして――。
ドォォォォォォォォォンッ!!!!
大爆発。
風の丘全体が揺れた。
遠くで見ていたフィンが悲鳴を上げる。
「ミリアァァァ!!」
土埃と煙が舞い上がり、視界が真っ白になる。
やがて一つの影が吹き飛んだ。
バランだった。
「がっ――!?」
血を撒き散らしながら宙を舞う。
丘を転がり、岩を砕き、ライガたちの近くへ叩きつけられた。
「……ッ、がはっ……!」
バランは血を吐く。
魔装も消えていた。
肩は裂け、全身傷だらけ。
明らかに動けるような傷ではなかった。
ライガが目を細める。
「ミリアの勝ち、か」
その先――。
炎の中からミリアが現れる。
ふらつきながらも、剣を握っていた。
限界だった。
あと一歩でも気を抜けば倒れる。
だがミリアは真っ直ぐバランを見る。
勝利を確信した――その瞬間。
「……派手にやられてんなァ」
低い声が響き、空気が変わった。
全員が反射的にそちらを見る。
そこに立っていたのは――。
黒い外套に鋭い眼光、圧倒的威圧感。
黒狼の牙頭領――ガルフ・ガルシア。
その姿を見た瞬間、ライガが舌打ちする。
「……チッ」
ゼインの目も細くなる。
リリシアは小さく震えた。
本能が告げていた。
今までとは別格の気配、空気そのものが重い。
フィンなど、呼吸すら止まりそうだった。
「じ、じーちゃん……あいつ……」
オズは静かに目を細める。
「……ガルフ」
ガルフは周囲を一瞥する。
倒れた構成員と焼けた大地、ボロボロのバラン。
そして――"龍殺しの英雄"ミリア・ハワード。
ガルフは鼻で笑った。
「無様だな」
バランが血を吐きながら笑う。
「るせぇ……」
「遊びすぎだ」
ガルフは倒れているバランを見下ろしながら淡々と言う。
そして。
「状況が変わった」
その目がオズへ向く。
「オズは後回しだ」
静かな声。
だが底知れない圧があった。
「お前の爆炎が必要だ。今は引くぞ」
バランは舌打ちする。
「……チッ、しゃあねぇ」
バランは悔しそうに歯を食いしばった。
ミリアはまだ剣を握り締める。
むしろバランと戦っていた時よりも剣を握る手に力が入っていた。
だが身体は悲鳴を上げている。
今の状態でこの男と戦うのは危険だと本能が叫んでいる。
ライガですら無意識に構えを固めていた。
ゼインも銃を向けるが、引き金を引けない。
圧が違う。
ガルフはそんな彼らを見て笑った。
そしてミリアを横目で見る。
「……前よりは……だいぶマシになったようだな」
挑発。
ミリア立っているのもやっとの状態で睨み返す。
「私たちを仕留めないの……?」
「お前ら程度……いつでも殺せるしな……。もっとも、今すぐに死にてえんなら叶えてやるが?」
ガルフは笑う。
圧倒的な強者の余裕。
「お前らには散々邪魔をされたが――」
その目が鋭くなる。
「俺の野望は、そろそろ実現する。遅かれ早かれ俺に喧嘩を売ったことを後悔するだろう」
風が止まった。
ガルフはゆっくりと言う。
「世界を……絶望させてやる」
静かな声だった。
だが、その言葉には異様な重みがあった。
「楽しみに待ってろ」
ミリアは震える足を無理やり動かし、一歩前へ出る。
「何をする気か知らない」
剣を向ける。
「でも――」
光魔装が淡く輝いた。
「その野望は、私が打ち砕く!」
ガルフは笑った。
低く、不気味に。
「……ククク、できればいいな」
その視線がミリアを貫く。
「その実力で……」
ぞわり、と。
全員の背筋に悪寒が走った。
剣を交えるまでもない。
次元が違うということだけがわかる。
そう、誰もが理解してしまう。
ガルフは背を向けた。
「行くぞ、バラン……」
「あぁ……」
バランは肩を抑え、ふらつきながらもなんとか立ち上がる。
去り際にミリアを睨んだ。
「次は……殺す」
そして。
黒狼の牙は去っていった。
風の丘に静寂が訪れる。
風だけが吹き、張り詰めていた空気がようやく解けた。
フィンがへたり込む。
「な、なんなんだよ……あいつ……」
ライガが舌打ちした。
「クソッ……化け物かよ」
ゼインは珍しく無言だった。
リリシアは青い顔をしている。
その中で、ミリアだけはガルフが去った方向を見つめていた。
握る拳に力が入る。
黒狼の牙――ガルフ・ガルシア。
あの男は、いずれ必ず立ちはだかる。
ミリアにはそんな確信があった。
そして――風の丘に、ようやく静かな平和が戻る。




