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Episode.79 風の丘

サラスキアを発って数日。

乾いた砂漠は終わりを迎え、景色は少しずつ変わっていった。

荒野に草が混じり始め、風が熱を失っていく。

そして――

丘陵地帯へと辿り着いた。


「……すごい」


ミリアが思わず足を止める。

一面の草原。

空を撫でるように風が吹き抜け、緑の波を揺らしていた。

丘の上には、古びた風車。

その羽根が、きぃ……きぃ……と静かに回っている。


「ここが……風の丘……」


リリシアがぽつりと呟く。

砂漠を越えてきたからこそ、その景色はどこか幻想的だった。

乾いた世界を抜けた先にある、“優しい場所”。


「……悪くねぇな」


ライガが珍しく穏やかな声を出す。

ゼインは少し目を細めた。


「……懐かしい感じがする」


「来たことあるの?」


ミリアが尋ねる。


「いや」


ゼインは肩をすくめる。


「ただの気分だ」


その笑みは、いつも通り飄々としていた。

丘を登っていく。

すると、遠くに小さな家が見えた。

木造の小屋。

その隣には、さらに古い風車。

そして――

一人の老人が、椅子に座って風を眺めていた。

白髪の長髪に目には古い傷を負っていた。


「旅人か」


老人が微笑む。


「珍しいな。この辺りまで来る者は少ない」


「こんにちは」


ミリアが頭を下げる。

すると。


「じーちゃん!!」


元気な声が響いた。

丘の向こうから、少年が駆けてくる。

十歳ほどだろうか。

少し汚れた服。

だが、その瞳は真っ直ぐだった。


「また勝手に出てったの!?」


「はっはっは。すまんすまん」


老人は笑う。


「風が気持ちよくてな」


少年は呆れたようにため息をついた。

だが、その表情はどこか優しい。


「俺はフィン!」


少年が元気よく言う。


「じーちゃんはオズ!」


「よろしくね」


ミリアが微笑む。

フィンは目を輝かせた。


「姉ちゃんたち冒険者!?」


「まぁ、そんなようなものよ」


「すげぇ!!」


ぐいぐい近づいてくる。


「強いの!? 魔物倒したりするの!?」


ライガがにやりと笑った。


「まあな」


「うおおお!!」


完全に目が輝いていた。


「俺もいつか冒険者になるんだ!」


すると。


「やめとけ」


老人――オズが静かに言う。

フィンがむっとした。


「なんでだよ!」


「危険だからだ」


「でも――」


「死ぬぞ」


その言葉に、空気が少し止まった。

フィンは唇を尖らせる。


「……じーちゃんは、いつもそれだ」


そう言って、そっぽを向いた。


夕方。

ミリアたちは小屋へ招かれていた。

簡素な食卓。

温かなスープ。

風の音。

不思議と落ち着く空間だった。


「美味しいですぅ……」


リリシアがほっとしたように言う。

オズは静かに笑う。


「大したものはないがな」


「いや、かなりうめぇぞこれ」


ライガが珍しく素直だった。

フィンは嬉しそうに胸を張る。


「俺も手伝ったんだ!」


「へぇ」


ミリアが笑う。

そのやり取りを、ゼインが静かに見ていた。


夜。

風が、小屋を優しく揺らしていた。

外に出ると、満天の星空。

ミリアは丘の上に立つ。

すると、隣にオズが来た。


「眠れんか」


「少しだけ」


ミリアは笑う。

オズは風を見つめた。


「……お前さん、強いな」


「え?」


「目を見れば分かる」


老人の声は穏やかだった。


「色んなものを背負ってる目だ」


ミリアは少し黙る。

そして、小さく呟く。


「……守りたいんです」


風が吹く。


「父と母の意思を」


「……そうか」


オズは静かに頷いた。


「強い奴ほど、全部背負おうとする」


ミリアの目が揺れる。


「だがな」


老人は続けた。


「人は一人じゃ生きられん」


丘を見下ろす。

小屋の灯り。

仲間たちの笑い声。


「頼れ」


その言葉は、不思議と胸に沁みた。


翌朝。

フィンは木の枝を振り回していた。


「うおおおおっ!!」


だが、当然めちゃくちゃである。

ライガが吹き出した。


「ぶはっ、なんだその振り方!」


「うるせぇ!」


「腰が入ってねぇんだよ!」


「え!? ど、どうやるんだ!?」


なぜか指導が始まる。

ライガは楽しそうだった。


「こうだ!」


「うおっ!?」


木の枝が吹き飛ぶ。


「無理だろそれぇ!?」


フィンが叫ぶ。

その様子を見て、ミリアたちは笑っていた。

久しぶりの、穏やかな時間。

だが。

その時だった。


「……え?」


リリシアがふと耳を押さえる。


「どうしたの?」


ミリアが振り返る。


「い、いえぇ……」


リリシアは曖昧に笑う。


「ちょっと風の音が変に聞こえた気がしてぇ……」


だが、その声にはわずかな不安があった。

ミリアは少し気になったが、リリシアはすぐにいつもの調子に戻る。


「だ、大丈夫ですぅ!」


無理に笑っているようにも見えた。


その日の夕方。


「もう行っちゃうのか……」


フィンが寂しそうに言う。


「翌朝、出発するつもりよ。また来る……」


ミリアが微笑む。


「約束だぞ!」


「うん」


フィンは少し迷ってから言った。


「……俺、強くなる。今夜は冒険の話をいっぱい聞かせてくれよ!」


その瞳は真っ直ぐだった。

オズは小さく息を吐く。

だが――

どこか誇らしそうでもあった。

全員が小屋に向かう中、オズがミリアを呼び止める。


「嬢ちゃん」


「はい?」


老人は風車を見る。


「風はな、見えない」


風が吹く。


「だが、確かにそこにある」


ミリアは黙って聞いていた。


「人の想いも同じだ」


その言葉は、まるで誰かに向けた祈りのようだった。


「消えたりせん」


ミリアはゆっくり頷く。


「……はい」


夜。

皆が眠った後。

ゼインは、一人で丘の上に立っていた。

静かな風。

その手には、小さな魔導具。

淡い光が浮かぶ。

ゼインは低く呟く。


「……順調だ」


短い沈黙。


「もう少しで天空神殿へ向かう」


風が吹く。

ゼインは目を閉じた。


「……分かってる」


その声は、どこか苦しげだった。

やがて通信は切れる。

一人残されたゼインは、しばらく夜空を見上げていた。

まるで、自分に言い聞かせるように。


「……これでいい」


だがその声は、風に消えた。

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