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Episode.77 砂に刻む技

王都を発って、数日。

北へと進んでいたミリアたちの前に、それは現れた。

――断崖絶壁。

視界の端から端まで続く、圧倒的な“壁”。

下を覗き込めば、底は見えない。

風が吹き上げ、まるで侵入を拒むかのようだった。


「……これは、無理だな」


ライガが腕を組む。


「登るのも厳しいね」


ミリアも冷静に判断する。

そこで、振り返る。


「リリシア。風の魔法で越えられる?」


「えっ」


リリシアはびくっと肩を震わせた。


「え、えっとですねぇ……」


指をもじもじさせながら答える。


「わ、私ひとりなら飛べますけどぉ……」


視線を泳がせる。


「み、皆さんをまとめて飛ばすのは……まだ無理ですぅ……」


その声には、悔しさが滲んでいた。


「……ごめんなさいですぅ」


小さく俯く。

だが。


「いいの」


ミリアはすぐに言った。


「無理をする必要はないから」


「でも……」


「今できることをやればいい」


その言葉に、リリシアは顔を上げる。


「……はいですぅ」


断崖の縁。

そこには、風化した石碑のようなものが残っていた。

半ば崩れ、文字もほとんど読めない。

だが――


「……誰かが、越えようとしたのかな……」


ミリアが呟く。

足元には、朽ちた装備の欠片。

かつて挑み、そして届かなかった者たちの痕跡。


「……天空神殿か」


ゼインが低く言う。


「簡単に辿り着ける場所じゃなさそうだな」


ミリアは静かに頷いた。


「だからこそ、行く意味がある」


結果――

ミリアたちはルート変更を余儀なくされた。

北ではなく、東へ。

遠回りになるが、回り込むしかない。

歩みを進めるにつれ、景色は変わっていった。

緑は消え、土は乾き。

やがて――風が変わる。

乾いた熱が、頬を撫でた。


「……暑いな」


ライガが顔をしかめる。


「水分はこまめに取って」


ミリアが注意を促す。

その先に見えてきたのは――

一面の、砂。

地平線まで続く、黄金の海。


「さ、砂漠ですぅ……!」


リリシアが目を丸くする。


「ここから先は気をつけろ」


ゼインが珍しく真面目な声で言う。


「方向を見失えば終わりだ」


一瞬だけ、その表情が陰る。


「……厄介な場所だ」


ミリアはその横顔をちらりと見るが、何も言わなかった。

砂漠を進む。

足を取られる感覚。

照りつける太陽。

遠くに、水が揺らめいて見えた。


「み、水ですぅ!!」


リリシアが駆け出しかける。


「待って」


ミリアが腕を掴む。


「……違う」


近づくほどに、それは歪み――消えた。


「蜃気楼……」


「ひゃああ……騙されましたぁ……」


リリシアがへなへなと崩れる。


「油断するなよ」


ライガが笑う。


「砂漠は甘くねぇ」


数日後。

砂の向こうに、影が見えた。

やがてそれは――街へと姿を変える。

砂に囲まれた都市。

乾いた風の中に、異様な活気がある。


「……あれが」


ミリアが呟く。


「砂の街サラスキア……」


砂の国の中心地。

交易と欲望が交差する場所。

街へ足を踏み入れた瞬間、熱気と喧騒が押し寄せる。

露店、商人、異国の装束、水を運ぶ者たちの姿も多い。


「す、すごいですぅ……!」


リリシアがきょろきょろと見回す。


「夜の方がもっと賑わうらしいぜ」


ゼインが軽く言う。


「……詳しいんだね」


ミリアが視線を向ける。


「さあな」


ゼインは肩をすくめた。


「でも水を買ったらすぐに出発するから――」


ミリアが注意を促した、その時。

路地裏から、叫び声が響いた。


「助けてくれ!」


ミリアは即座に反応する。


「行こう」


駆け出す。

そこには――

砂の魔物が人を襲っていた。

鋭い牙、素早い動き。


「下がって!」


ミリアが飛び込む。

魔物が襲いかかる。

だが――

ミリアは、滑るように動いた。

踏み込み、躱し、流す。

まるで踊るように。

その動きは、美しく、無駄がない。

――燕武。

一瞬で間合いに入り、斬る。

魔物は倒れた。


「す、すげぇ……」


助けられた男が呟く。

だが――

その様子を、別の男が見ていた。

鋭い目。

黒の装束。


「……今のは」


低く呟く。


「燕武……?」


その目が、怒りに染まる。


「おい」


背後から低い声がした。

ミリアが振り返る。

そこに立っていたのは、若い男――ルドラ。


「今の動き」


一歩、近づく。


「お前は砂の民じゃないだろう。誰に教わった」


空気が変わる。


「答えろ」


その声には、明確な敵意があった。


「……母よ」


ミリアは静かに答える。


「……母?」


ルドラの目が細くなる。


「ふざけるな」


拳を握る。


「燕武は……親父の武術だ」


怒りと誇りが入り混じる。


「盗んだのか?」


その言葉に、ミリアの目がわずかに揺れる。


「違う」


短く否定する。


「なら証明しろ」


ルドラが構える。


「その燕武が“本物”かどうか」


突如として戦いが始まる。

ルドラの動きは速い。

鋭く、正確。

だが――

ミリアは流す。

受けず、逸らし、躱す。


「……っ!?」


ルドラの眉が動く。


「その動き……!」


同じ燕武。

だが、違う。

ミリアは実戦で磨かれた流れ。

ルドラの一瞬の隙を見つけ、踏み込む。

刃が喉元に止まる。


「……終わりよ」


静かな声。

ルドラは動けなかった。


「やめろ、ルドラ」


低い声。

振り向くと、そこに一人の男が立っていた。

年配の男。

鋭さと落ち着きを併せ持つ男――ラシード。

その目が、ミリアを捉える。

そして――

動きが、重なる。

風のような一歩。

流れる体捌き。

記憶が蘇る。


「……リナ……?」


思わず、呟いた。

ミリアはその名前が出たことに驚いたがすぐに冷静に言う。


「それは、母の名前です」


ラシードの目が見開かれる。


「……まさか」


一歩、近づく。


「お前……リナの……」


「娘です」


風が、静かに吹いた。

ルドラはその場に立ち尽くす。


「リナって親父が昔、燕武を教えた外界の……?……じゃあ」


ミリアを見る。


「その燕武は……本物、ってことかよ」


悔しさと、納得。

その表情に、もう敵意はなかった。

砂の街での出会い。

両親のかつての師との邂逅――。

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