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Episode.76 旅立ちの風

黒龍討伐から数日が経ち、王都には久しぶりに穏やかな時間が流れていた。

崩れた建物の修復は続いているものの、人々の顔には確かな安堵が浮かんでいる。

街のあちこちで聞こえるのは、あの戦いの話ばかりだった。


「見たか?あの龍殺し!」


「いや俺は遠くからだったけどよ……すげぇ光だった!」


「ミリア・ハワードって言うらしいぜ!」


街の人々は龍殺しの英雄の噂で持ちきりだ。

――その名は、すでに王都に深く刻まれていた。


冒険者ギルド。

昼間だというのに、いつも以上に賑わっている。

その一角で、シアが大きく伸びをした。


「うーん!そろそろ行こっか!」


「もうかい?」


キースが苦笑する。


「まあ、長居しすぎるのも性に合わないしね」


クレアは静かに頷いた。


「ええ。次の依頼もあるし」


《黄昏の剣》。

彼らはすでに次の旅を見据えていた。

その時――


「もう出るの?」


ミリアたちが近づいてくる。


「うん!」


シアは満面の笑みを浮かべた。


「ここも楽しかったけどさ、やっぱり旅してる方が性に合ってるんだよね!」


「……そう」


ミリアは静かに頷く。


「シアなら、どこに行ってもやっていけるね」


「えへへ、ありがと!」


シアは一歩近づき、じっとミリアを見る。


「ね、また会おうね」


その瞳は真剣だった。


「次はもっと強くなってるから!」


ミリアは少しだけ微笑む。


「……うん」


「約束だよ!」


キースが軽く頭を下げる。


「短い間だったけど、ありがとう」


クレアもちらりと視線を向ける。


「……次も敵じゃないことを祈るわ」


「最初からそのつもりだよ」


ミリアが返すと、クレアはわずかに口元を緩めた。


「ふふ……そうね」


シアは最後に手を振る。


「じゃあねー!!」


軽やかに、王都の外へと歩いていく。

その背中は、どこまでも自由だった。


◆◆◆


その日の夕方。


「はぁ〜……やっと落ち着いた〜」


ルミナスが椅子に深く腰掛ける。


「今回の件、ちょっと面白かったからさ」


グラスを揺らしながら、ミリアたちを見る。


「しばらくこの王都に残ることにしたわ。魔術の研究、進めたいし」


「そうなんだね」


ミリアが頷く。


「うん。あの黒龍の再生機構……興味深すぎるもんね」


そして、ふとリリシアに目を向ける。


「あなた、私の方に来ない?」


「へ?」


リリシアが固まる。


「あなたの魔力量、明らかに異常よ。

 ちゃんと鍛えれば、とんでもない魔導士になるわ」


「え、ええぇぇ……!?」


目をぐるぐるさせる。


「わ、私なんてまだまだですぅ〜!!」


「謙遜しなくていいんだよ?」


「む、無理ですぅぅぅ!!」


ぶんぶんと首を振る。


「だって怖いですし!爆発とかしたらどうするんですかぁ!?」


「それは……するかもね」


「するんですかぁ!?」


場が一瞬静まり――ライガが吹き出した。


「ははっ!いいじゃねぇか、爆発くらい!」


「よくないですぅ!!」


涙目で抗議するリリシアを横目に、ルミナスはくすりと笑った。


「残念。でも気が変わったらいつでも来てね」


「ぜ、絶対行きませんぅ……!」


そのやり取りに、場の空気は少しだけ和らいだ。


◆◆◆


そして――

王宮、王の間。

再び、あの場所にミリアたちは立っていた。

セシリアが静かに微笑む。


「改めて、感謝を」


その声は柔らかかった。


「あなた方のおかげで、この国は守られたわ」


ミリアは頭を下げる。


「私たちだけじゃありません。皆で守ったんです」


「……ええ」


セシリアは頷いた。

そして、ゆっくりとミリアに近づく。


「ミリア」


その呼び方は、どこか親しみを含んでいた。


「あなたのご両親――アルトとリナ」


ミリアの表情がわずかに揺れる。


「かつて、私の大切な仲間でした……」


「……」


「強くて、優しくて……誰よりも人を想う人たちだった」


懐かしむように、目を細める。


「きっと」


ミリアの目を真っ直ぐ見て、言う。


「天から、あなたの活躍を見ていたでしょう」


その言葉は、静かに胸へと落ちた。

ミリアは何も言わなかった。

だが――ほんのわずかに、拳を握りしめる。


「……はい」


それだけで、十分だった。


「それで、これからのことですが」


教皇エリウスが口を開く。


「我々としては、しばらく王都に滞在していただきたいところですが……」


ミリアは首を横に振った。


「いえ、行かなくてはいけません」


その声に迷いはない。


「まだ終わっていません」


「……ザンガ、ですね」


「はい」


そして――


「ザンガとの戦いに備えて、エリクサーの最後の素材を取りに行きます」


「天空神殿……」


セシリアが呟く。


「はい……」


ミリアは頷いた。


「北の果て、“天空山”へ」


教皇は静かに微笑んだ。


「……そうですか」


そして、手を軽く広げる。


「では――」


穏やかな声。


「あなた方の旅路に、神のご加護が在らんことを」


祝福の言葉をもらい、ミリアたちは王宮を後にする。


◆◆◆


翌日――王都城門。

旅立ちの朝。


「行くぞ」


ライガが歩き出す。


「うん」


ミリアたちも続く。

その時――


「おい!!」


背後から声。

振り返ると、ベルダが全力で走ってきていた。


「はぁ……はぁ……!」


息を切らしながら、ミリアの前に立つ。


「……?」


「お前よ……!」


しばらく呼吸を整え――ニヤリと笑う。


「やっぱすげぇな」


真っ直ぐな目でミリアを見ていた。


「正直、悔しい」


ベルダは拳を握りしめる。


「でもよ、いつか超えてやる!」


その言葉に、嘘はない。


「……そっか」


ミリアは静かに答える。


「楽しみにしてる」


「はっ、言ったな?」


ベルダは笑う。


「次会う時は、ただじゃ済まねぇぞ」


「うん」


短い言葉だったが、それで十分だった。


「……じゃあな!」


ベルダは背を向ける。


「死ぬんじゃねぇぞ、英雄!!」


そのまま去っていく。

ミリアたちも王都の外へと歩き出す。

そして新たな目的地へ。


「天空神殿……か」


ゼインが呟く。


「また面倒な場所に行くな」


「でも、行かなきゃ」


ミリアが前を見据える。


「全部終わらせるために」


風が吹く。

その先にあるのは――未知と、試練。


◆◆◆


場面は変わる。

治外法権国家ダグダート――地下。

闇に包まれた空間の奥で、一人の男が座っていた。

ガルフ・ガルシア。

黒狼の牙、その頂点の存在。


「……ほう」


低い声。

手元の報告書に目を通す。


「“龍殺しの英雄”……か」


口元が、歪む。


「ミリア……“ハワード”……」


その名を、噛み締めるように呟く。


「やはりな……」


ゆっくりと立ち上がる。


「この約一年、姿をくらませていたと思ったら……力をつけてやがったか……」


その目に、狂気と歓喜が宿る。


「そして、また表舞台に出てきた……」


拳を握る。


「次は――」


低く、重い声が地下に響く。


「逃がさねぇぞ……」


闇の中で、その笑みだけが浮かんでいた。

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