Episode.72 戦火の序曲
王都・城門前。
重厚な門の前には、すでに数え切れぬほどの冒険者たちが集結していた。
緊張と高揚が入り混じる空気。
その中を、ミリアたち四人はゆっくりと歩いていく。
「す、すごい人ですぅ……」
リリシアが不安げに周囲を見渡す。
「これだけいりゃ退屈はしねぇな」
ライガは肩を回しながら笑う。
ゼインは軽く辺りを見渡し、口元を緩めた。
「随分と“役者”が揃ってるじゃねぇか」
その時――
「……おい」
低い声がミリアたちを呼び止めた。
振り向くと、そこには黒い外套の男
――ベルダが立っていた。
ミリアは一瞬だけ警戒の色を強める。
「……また何かするつもり?」
冷たい視線。
“アルドネ”での出来事が脳裏をよぎる。
ベルダはその視線を真正面から受け止め――そして、頭を掻いた。
「……いや、今日は違ぇ」
珍しく歯切れが悪い。
「その……なんだ」
一度言葉を飲み込み、そして吐き出す。
「……あん時は、悪かった」
「……え?」
ミリアが目を見開く。
ライガも「は?」と眉をひそめた。
ベルダは視線を逸らしながら続ける。
「お前、強ぇな」
その一言は、真っ直ぐだった。
「正直、舐めてた。だがよ……」
拳を握る。
「あの後、頭ん中ずっとお前の動きが残っててな」
「……」
「だからよ」
ニヤリと笑う。
「今回は純粋に見せてもらうぜ。どこまでやれるのかってな」
ミリアは少しだけ驚いたように目を瞬かせ――
そして、静かに頷いた。
「……そう」
短い言葉だったが、その中に敵意はなかった。
「なら、邪魔はしないで」
「はっ、言うじゃねぇか」
ベルダは楽しそうに笑う。
そのまま踵を返し、仲間の元へ戻っていった。
リリシアがぽそりと呟く。
「……なんだか、いい人になってますぅ」
「ミリアがボコって、打ちどころが悪かったんだろ」
ライガが鼻で笑った。
「ねぇねぇ!」
明るい声が割って入る。
振り向くと、オレンジ髪の少女――シアが手を振っていた。
「あなたがミリアでしょ?」
「……うん」
「やっぱり!なんか強そうな雰囲気してるもん!」
屈託のない笑顔。
「私はシア!よろしくね!」
「よろしく……」
ミリアは淡々と返すが、その距離感の近さに少し戸惑っている様子だった。
キースが苦笑しながら近づく。
「ごめんね、この子こういう性格で」
「いや……」
クレアは腕を組んだまま、じっとミリアを見つめていた。
「……ふぅん」
その一言だけ。
だが、何かを測るような視線だった。
シアが身を乗り出す。
「ねぇミリア、強いでしょ?」
唐突な問い。
「……普通だよ」
「絶対嘘!」
シアは即答した。
「私、わかるもん。この中で一番強いの、たぶんあなた」
その場の空気が一瞬止まる。
キースが目を丸くした。
「シア、それは言い過ぎじゃ……」
クレアも眉をひそめる。
「シアより強い人間なんて、そうそういないわよ?」
シアは首を横に振る。
「ううん、違うよ」
真剣な目。
「この人、もっと上にいる」
ミリアは何も答えなかった。
ただ静かに、その言葉を受け止める。
やがてシアはにっこり笑った。
「ま、いいや!戦場でまた会おうね!」
「……うん」
「約束!」
そう言って手を振り、去っていく。
キースは苦笑しながら頭を下げた。
「じゃあ、また後で」
クレアも一瞥だけして背を向ける。
「ねぇ、君...」
透き通る声。
振り向くと、ルミナスがリリシアをじっと見ていた。
「ひゃっ……!」
リリシアがびくりと肩を震わせる。
「……不思議な子だね」
ルミナスはゆっくり近づく。
「それだけの魔力を纏っているのに……そんなに怯えているなんて」
「わ、私は……その……」
言葉に詰まるリリシア。
ルミナスはくすりと笑った。
「いいわ。嫌いじゃないよ、そういうの」
そのままミリアにも視線を向ける。
「あなたも……面白そうね」
「……?」
「ま、戦場で見せてもらうわ」
そう言って去っていく。
リリシアはミリアの後ろに隠れた。
「こ、怖い人ですぅ……」
「大丈夫だよ」
ミリアは優しく言う。
「みんな味方だから」
その言葉に、リリシアは小さく頷いた。
――その時。
遠くから地鳴りが響いた。
ズン……ズン……と、大地を揺らす振動。
「来たぞ……!」
誰かが叫ぶ。
城門の向こう。
黒い影の群れが、地平線を埋め尽くしていた。
「総員、構え!!」
号令が響く。
一瞬の静寂。
そして――
「行くぞォォォ!!」
戦いが、始まった。
魔物の群れが一斉に押し寄せる。
牙、爪、咆哮。
まさに“暴走”。
「ぶっ潰せぇ!!」
ベルダが真っ先に飛び出す。
巨大な魔物に斬りかかる。
「こんな雑魚、まとめてかかってこい!!」
だが次の瞬間、複数の魔物に囲まれる。
「チッ……数が多すぎんだろ……!」
それでも笑う。
「だが、これくらいじゃなきゃなぁ!!」
◆◆◆
「行くよ!」
シアが駆ける。
軽やかな動きで敵の懐へ潜り込み――
一閃。
Sランクの魔物の首が、あっさりと宙を舞った。
「ほらほら!」
無邪気な笑顔。
その強さは、異質だった。
「左翼、崩れかけてるわ」
クレアが冷静に言う。
「キース、援護」
「了解!」
キースが風のように駆ける。
倒れかけた冒険者を救い、敵の死角を突く。
「動きを止めるよ!」
連携が美しい。
◆◆◆
「――焼き尽くして」
ルミナスが杖を掲げる。
次の瞬間、空が赤く染まった。
巨大な魔法陣。
「滅びの炎」
轟音。
広範囲の魔物が一瞬で消し飛ぶ。
「……はぁ、みんな……化け物だね……」
呟きながらも、余裕の笑み。
◆◆◆
「おらぁぁぁ!!」
ライガが突っ込む。
拳一撃で魔物を粉砕。
「もっと来い!!」
完全に戦闘狂の顔だった。
「ミリア!」
「任せて!」
ミリアが前に出る。
魔装が輝き光が身体を包む。
次の瞬間――消えた。
「なっ……!?」
周囲がざわつく。
一閃。
Aランクの魔物が、何もできずに崩れ落ちる。
さらに――
踏み込み。
Sランクの魔物の懐へ。
「――遅い」
斬撃が一撃。
そして沈黙が流れる。
「……なんだあの動き……」
「ありえねぇ……!」
「……あれが光属性……?」
ざわめきが広がる。
ミリアは止まらない。
次々と敵を“処理”していく。
まるで別人。
「リリシア、援護!」
「は、はいですぅ!」
震えながらも杖を構える。
「風刃!」
風の刃が敵を切り裂く。
だが――
一瞬、魔力が“揺らいだ”。
「……っ?」
リリシアが戸惑う。
その魔力は、わずかに濁っていた。
ゼインがそれを見逃さなかった。
(……今のは)
だが何も言わない。
「右から来るぞ!」
銃声。
的確な援護。
「ナイスだ、ゼイン!」
ライガが笑う。
「任せとけ」
ゼインは軽く笑った。
戦況は、優勢。
誰もがそう思い始めた、その時――
――ゴォォォォォォォォォォォッ!!
空気が震えた。
遠くから響く、圧倒的な咆哮。
全てを押し潰すような“音”。
動きが止まる。
「……なんだ……今の……」
誰かが呟く。
遠くの空に黒い影が現れる。
そして巨大な翼が、ゆっくりと広がる。
――“破滅の黒龍”。
その存在だけで、空気が変わる。
膝をつく者すらいた。
「……嘘だろ……」
絶望が、広がる。
だが――
ミリアは一歩、前に出た。
その瞳に迷いはない。
「……これからが本番だね」
静かな声。
しかし、その一言が――全てを引き締めた。




