Episode.71 集う冒険者
王宮――王の間。
荘厳な空気を切り裂くように、重厚な扉が勢いよく開かれた。
「ご報告いたします!!」
息を荒げた兵士が、玉座の前へと駆け込む。
鎧は土埃にまみれ、明らかにただ事ではない様子だった。
玉座に座す女王セシリアは、わずかに眉を寄せながらも、
その声を静かに受け止める。
「……落ち着いて。何が起きたのですか」
凛とした声だった。
だが、その奥には王としての責任と覚悟が宿っている。
兵士は膝をつき、言葉を絞り出す。
「北方にて――大規模な魔物の群れを確認!数は……数千を超えます!」
その場にいた重臣たちがどよめく。
「原因は……ザンガの瘴気によるものと思われます!
魔物は異常なまでに凶暴化しており……すでに周辺の村がいくつも壊滅!」
空気が一気に張り詰めた。
セシリアの瞳がわずかに揺れる。
「……群れの詳細を教えてください」
「はっ……!群れの中にはSランク相当の個体も複数確認されております!」
ざわめきがさらに大きくなる。
だが、兵士の報告はそれで終わらなかった。
「さらに――」
その声が、わずかに震えた。
「群れの最奥に……確認しました」
一瞬、間が空く。
「“破滅の黒龍”の姿を――」
――静寂。
その名は、この世界に生きる者なら誰もが知る“災厄”だった。
SSランク。
国家一つを滅ぼすとされる、伝説級の存在。
重臣の一人が思わず声を上げる。
「馬鹿な……あれは討伐不可能とされている存在だぞ……!」
しかし――
「……分かりました」
セシリアは静かに頷いた。
驚愕は確かにあった。
だが、それに飲まれることはない。
「直ちに王都の全冒険者へ緊急要請を。
加えて、周辺の街にも応援要請を出してください」
「はっ!」
「王都騎士団は総動員。市民の避難を最優先に」
「はっ!しかし、騎士団の主力は遠征中では……」
「分かっています。今いる人員は全て動かしなさい!」
矢継ぎ早に飛ぶ指示。
その一つ一つに迷いはない。
「目標は――王都到達前の殲滅」
セシリアは立ち上がる。
「……ですが、最悪の場合――」
その瞳が強く光る。
「王都が戦場となっても構いません。必ず、民を守りなさい」
その言葉に、兵士たちは深く頭を下げた。
「はっ!!」
――戦いは、避けられない。
だが、この王は逃げない。
◆◆◆
数時間後――王都。
城門付近には、既に多くの冒険者たちが集結していた。
重厚な鎧を纏った者、巨大な武器を担ぐ者、魔力を漂わせる魔導士。
そのどれもが一線級の強者たちだ。
「へぇ……随分と集まったもんだな」
粗野な声が響く。
ドレッドヘアの男――ベルダが肩を鳴らした。
Aランクパーティ《漆黒の剣》のリーダーだ。
「ま、相手が相手だ。ビビって逃げるような奴ぁいねぇってことか」
その口元が、ニヤリと歪む。
「……いいねぇ。こういうのは嫌いじゃねぇ」
近くにいた若い冒険者が声をかける。
「ベルダさん、今回はかなりヤバいって聞きましたよ。黒龍まで出るとか……」
「だからなんだ?」
ベルダは鼻で笑う。
「強ぇ奴がいるなら、ぶっ倒すだけだろ」
その言葉には、恐怖ではなく高揚があった。
――かつて、ある少女に叩きのめされた日を思い出す。
「……ま、あいつも来てんだろうしな」
ぽつりと呟く。
その視線の先には――まだ誰もいない。
だが、確信していた。
(あのバケモンみてぇな女が来てんなら――)
「面白くなる」
ベルダはニヤリと笑みをこぼす。
◆◆◆
「ねぇねぇキース!すごい数だね!」
弾むような声。
振り返れば、明るいオレンジ髪の少女――シアが手を振っていた。
――“剣姫”シア。
最近頭角を表したSランク冒険者。
「そうだな。ここまでの規模は久しぶりかも」
穏やかに笑う青年、キース。
その隣には、長い紫髪の女性が腕を組んでいた。
「……面倒ね。でも、退屈しなくて済みそうだわ」
クレアが肩をすくめる。
Sランクパーティ《黄昏の剣》。
その実力は折り紙付きだ。
「黒龍、見てみたいなー!」
「シア、それは“見たい”で済む相手じゃないよ」
キースが苦笑する。
「えー?だって強いんでしょ?じゃあ倒しがいあるじゃん!」
「……相変わらずね」
クレアが呆れたように息を吐いた。
◆◆◆
「……ふぅ」
別の場所では、
透き通った水色髪の女性が髪をかき上げていた。
「こういう大仕事、久しぶりかもなぁ」
透き通った声。
だがその直後――
「って、あっ!杖落としたぁ!」
カラン、と音が響く。
「あちゃ〜……」
慌てて拾い上げるその姿は、どこか抜けている。
――“終焉の魔女”ルミナス。
その名を知らぬ者はいない、Sランクの魔導士である。
「……ま、なんとかなるでしょ」
そう言って微笑むその顔には、確かな自信があった。
◆◆◆
一方――王宮の一室。
静かな空間に、柔らかな光が差し込んでいる。
「――来ましたか」
穏やかな声。
教皇は微笑みながら、四人を見つめていた。
ミリア、ライガ、リリシア、ゼイン。
厳しい修行を乗り越えた彼らは、確かな変化を纏っている。
「状況は聞いています」
ミリアが一歩前に出る。
その瞳は、以前よりもずっと強い。
「スタンピード……ザンガの瘴気が原因なんですよね」
「ええ。その通りです」
教皇は頷く。
「魔物はあと一時間ほどで視認できる距離まで迫るでしょう」
ライガがニヤリと笑う。
「上等だ。ちょうどいいじゃねぇか」
拳を鳴らす。
「修行の成果、見せてやるよ」
「ら、ライガさん元気ですねぇ……私は怖いですぅ……」
リリシアがミリアの後ろに隠れる。
その肩は小さく震えていた。
「大丈夫だよ、リリシア」
ミリアが優しく声をかける。
「あなたも強くなったし……私たちもいる」
その言葉に、リリシアは少しだけ顔を上げた。
「……はいですぅ……」
ゼインは壁に寄りかかりながら、軽く笑う。
「ま、リーダーがやる気なら俺は異論はねぇよ」
視線だけをミリアに向ける。
ミリアは迷わなかった。
「……もちろん戦うよ」
その声は、静かで――強い。
「ここで止める。王都の人たちに被害は出させない」
教皇は満足そうに頷いた。
「頼もしい限りです」
そして、ゆっくりと手を振る。
すると侍女が紅茶を運んできた。
「戦いの前に、少しでも心を落ち着けてください」
カップが差し出される。
「わぁ……いい香りですぅ」
リリシアが恐る恐る受け取り、一口飲む。
「……!美味しいですぅ〜!」
ぱあっと表情が明るくなる。
教皇は優しく微笑む。
「お口に合ったようで何よりです」
ライガは手を振る。
「悪いな。俺はそういうのはいい」
ミリアも首を振る。
「私も遠慮します……」
ゼインは無言でカップを受け取り、口をつけた。
「……ふむ」
何も言わず、飲み干す。
その時――
「ミリア!」
扉が開く。
そこに立っていたのは――セシリアだった。
「セシリア様……!」
ミリアが驚く。
セシリアは一歩、近づいた。
「お願い……!」
その言葉に、空気が変わる。
「この王都を――守って!」
真っ直ぐな瞳だった。
王としてではなく、一人の人間としての願い。
ミリアは静かに目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは――母リナの笑顔。
そして、父アルトの背中。
「……はい」
目を開く。
その瞳には、確かな光が宿っていた。
「必ず守ります」
拳を握る。
「父と母の意思を継いで――この世界を」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
セシリアはミリアにアルトとリナの影が
重なったように見え、微笑む。
「……ありがとう、ミリア」
その声は、希望に満ちていた。
戦いの時は、迫っている。
希望と絶望が交錯する中で――。




