〜幕間〜 レガリアの片隅で
焚き火の火がぱちぱちと弾け、乾いた木の匂いが夜風に混ざった。
2人の冒険者がその炎を囲んでいた。
「まったく、今日は散々だったな。あの洞窟、罠のオンパレードじゃねぇか」
大剣を脇に置いた男ガルドがぼやく。
「ふふ、あなたが突っ込むからでしょ。ちゃんと“慎重に行こう”って言ったのに」
魔法剣士ミレナが、からかうように笑った。
「慎重にとか言いながら、火球で全部吹っ飛ばしたのはどこの誰だよ」
ガルドが眉をひそめると、ミレナは視線をそらして口笛を吹いた。
「……まあまあ、それよりご飯食べよっ」
ミレナが、木串に刺した肉をひっくり返す。
焦げた香ばしい匂いが立ちのぼり、2人の腹がぐうと鳴った。
「うまそうだな。ミレナの料理スキル、ギルドランクで換算したらA級だな」
「そりゃ〜どうもっ!」
笑いが弾け、焚き火の炎が2人の顔を照らす。
空には無数の星が瞬き、遠くでフクロウが鳴いた。
ミレナがふと空を見上げて呟く。
「……ねえ、次は……どこへ行こうか」
ガルドが火の粉を見つめながら答える。
「西の砂漠に“星を飲む龍”がいるって噂だ。行ってみるか」
「龍退治ねぇ。ま、退屈しなくていいねっ」
ミレナが笑い、肉をガルドに渡す。
その夜、火の音と笑い声が、静かな森にいつまでも響いていた。
=========================================
酒場《金獅子亭》の扉を開けると、熱気と笑い声が一気に押し寄せてきた。
樽を叩く音、ジョッキがぶつかる音、吟遊詩人の陽気な歌。
冒険者たちがそれぞれの戦果を肴に、夜を楽しんでいる。
「お〜いマスター、黒麦のエールを二つ。あとで仲間が来るんだ」
テーブルに座った若い剣士カリナが金貨を数枚渡した。
「お前さんら、また依頼を成功させたんだってな。町の連中が噂してたぞ」
「はは、まだ死んでないだけだよ。だけど――もう少しで死ぬかと思ったよ」
マスターが笑いながらジョッキを差し出すと、カリナは一口飲んで肩を落とした。
「まったく、ダッカはいつになったら来るんだ。
どうせ魔道具に夢中なんだろうけど…」
その時、扉が勢いよく開いた。
「おっ!噂をすればだね。ダッカ!こっちこっち!」
息を切らせた魔法使いダッカが、袋を両手に抱えて駆け寄ってくる。
「遅いよ、もう二杯目いくとこだったし」
「仕方ねぇだろ!新しい魔道具が安かったんだよ。ほら見ろよ、この光沢!」
カリナが呆れたようにため息をついたその時、背後から野太い声が響いた。
「おう、お前ら! 先に飲み始めてんじゃねぇ!」
斧を背負った巨漢ドンパンが入ってきて、二人の背中を豪快に叩いた。
「痛ぇ! 相変わらず手加減知らねぇな!」
「ガハハ、これでも歓迎のつもりだ!」
三人の笑い声が、酒場の喧騒に溶けていく。
外はすでに夜の帳が下り、窓の外に灯るランタンの光がゆらゆらと揺れていた。
――また楽しい冒険の夜が始まる。
=========================================
夕陽が海面を朱に染め、波打ち際が金色に輝いていた。
女の旅人――リゼは、長い旅の埃を払うように深く息をついた。
潮風が髪を揺らし、背の荷を下ろすと、波音だけが静かに響いている。
「こんな時間にこんな場所でひとりとは、物好きな旅人だな」
不意に背後から声がして、リゼは振り向いた。
そこには、外套の裾を風に揺らした男の冒険者が立っていた。
腰の剣は使い込まれ、旅慣れた雰囲気を漂わせている。
「あなたも物好きみたいね。こんな場所に何の用?」
「海を見に来た。……ま、依頼帰りの寄り道ってやつだ」
男はリゼの隣に腰を下ろし、潮の香りを吸い込む。
しばらく無言の時間が流れ、波の音だけが二人の間を満たした。
「旅は長いのか?」
「……終わりが見えないわ。目的地を決めていないもの」
「なるほど、風任せの旅か。俺もそういうの、嫌いじゃない」
リゼがふっと笑う。
「なら、しばらく同じ風に乗ってみる?」
男は驚いたように彼女を見たあと、少し照れくさそうに笑った。
「悪くない提案だな。名前を聞いても?」
「リゼ・フェリーチェ。あなたは?」
「アベル・レオンハルトだ」
夕陽が沈み、海と空の境が溶けていく。
二人の影が長く伸び、やがて重なった。
=========================================
夜の山道を、冷たい風がさらりと撫でていく。
松明の明かりを頼りに、女性のガイド――リッカ・ライゼンは地図を広げた。
隣では、赤髪の傭兵――ライガ・ヴォルフェンが腕を組んで空を見上げている。
「……おい、本当に合ってるのか?
さっきから星を見てばかりじゃねぇか」
「ふふん、信じてよ。
星の位置はぼくのほうが詳しいんだから!」
リッカは得意げに胸を張ると、空に指を伸ばした。
「ほら、見える?あの三つ並んだ星――『白狼座』。
この季節だと北東の空にあるんだ」
「おお……確かに、狼が駆けてるみたいに見えるな」
「でしょ? 白狼座の左隣、あの小さい星群が『渡り鳥の羽』。
それが真上に来てるってことは……うん、間違いない。
目的地はこの先、あの山脈を越えたところ!」
リッカは地図の一点を指で叩いた。
「赤髪のお兄さんが目指してる戦士の国バルキアは、
ちょうど白狼座の下に位置してるんだよ」
ライガは少し呆れたように笑いながらも、どこか安心したように頷く。
「まったく……頼りになるな、お前は」
「当然! ぼくを誰だと思ってるのさ。
星を読む女、凄腕案内人のリッカちゃんだよ!」
その声に夜空が広がり、星々が彼女の指し示す方向へ導くように瞬いた。
ライガは肩をすくめ、荷を背負い直した。
「なら、行こうか。バルキアのコロッセオ...。どんな猛者がいるか楽しみだな......」
「血気盛んなお兄さんだね!必ず連れて行くから安心してね!」
リッカは笑い、夜の山道を踏みしめながら歩き出した。
その後、リッカと別れたライガは戦士の国バルキアでミリアと出会い、
運命の歯車に巻き込まれていく――。
=========================================
森の霧が晴れ、木々の枝に家々が連なる幻想的な光景が広がる。
風が木漏れ日を揺らし、どこか懐かしい香りが漂っていた。
「……これが、エルフの里か……」
冒険者レオンは思わず息を呑む。
その背後から、軽やかな足音が近づいた。
「人間がこの森に来るなんて、ずいぶん珍しいわね」
振り向くと、長い銀髪の女剣士が立っていた。
柔らかな笑みを浮かべ、腰には美しい剣を下げている。
「えっと……敵じゃないよ。道に迷って気づいたらここに……」
「ふふ、そんな偶然あるかしら。
でも、十数年前に人間が転移魔法で迷い込んだみたいだし...。
ありえなくもないのかしらね」
彼女はレオンのまわりを一周して、興味深そうに観察する。
「人間って近くで見ると意外と筋肉があるのね。
ふ〜ん、旅人の体って感じね」
「え、えぇと……褒められてるのかな、それ」
女剣士は口元を押さえてくすくす笑った。
「ごめんなさい、からかうつもりじゃないの。
ただ、あんまりまじまじ見たことないのよ、人間って……」
レオンは少し緊張を解き、笑みを返す。
「俺はエルフを見るのは初めてだ。
思ってたより、ずっと優しそうだ」
「優しいかどうかは、あなたの態度次第よ?」
軽口を交わしたあと、彼女は木々の奥を指した。
「私はセレス。この里の守りをしているの。
長老に紹介してあげるわ、人間の旅人さん」
「ありがとう、助かるよ。俺はレオン」
「ふふっ、レオンね。――ねぇ、あなた、
人間の世界の話をたくさん聞かせてくれる?」
木漏れ日の光の中、セレスの瞳が好奇心で輝いていた。
=========================================
日が頭上を通り、陽に照らされた草原がどこまでも続いていた。
風が頬をなで、遠くで鳥の鳴く声が響く。
「見てよ、キース! あれ、地平線まで草原が続いてる!」
先を歩くシアが、長いオレンジ色の髪を風に揺らしながら振り返る。
キースは背負っていた荷を整えながら、笑った。
「まるで世界の端が見えるみたいだな。
――本当に、俺たち、ここまで来たんだな」
「まだ始まりだよ」
シアは胸を張る。
「古代都市も、龍の渓谷も、砂の国も!どこにだって行けるんだ!」
横で地図を覗き込んでいたクレアが、やれやれと肩をすくめる。
「あなたたちは本当に落ち着きがないわね。次の村までは三日はかかるのよ?」
「三日くらい、走っていけば一日だよ!」
とシアが笑うと、クレアは眉をひそめる。
「人間の足で言う台詞じゃないわ、それ」
キースは笑いながら草原に一歩踏み出した。
足元の草がざわめき、風が背を押す。
「なぁ、シア、クレア――この先、何が待ってると思う?」
シアは瞳を輝かせて答える。
「きっと、まだ誰も見たことない景色!」
「それに、誰も成し遂げていない冒険――だな!」
キースが続ける。
草原の風が三人を包み、青空の下、旅の始まりを告げるように吹き抜けていった。
=========================================
東国――桜霞の国。
日が暮れ、月の明かりが煌めく中、一人の三味線奏者が激しく糸を鳴らした。
風に乗る音は高揚感に溢れ、旅の疲れを吹き飛ばす熱狂を生む。
「――さて、今宵の語りは“風渡りの剣士”の話でござんす」
三味線の音に合わせて、女はにやりと笑う。
「北の荒野にて、竜の影を追いし若者。剣一本、夢ひとつ。
あやかしの森を抜け、雷の峰を越え、なお心折れず――」
聞き手の旅人たちは湯気立つ酒を手に、じっと耳を傾ける。
語り部の指が弦をはじくたび、まるでその場に竜の咆哮が響くようだった。
「やがて青年は、己が弱さをも斬り捨て、光の刃を手にした。
その名を“神威”と呼ぶ。……どうだい、おぬしらも、
己の“剣”を探す旅の途上でありんすか?」
若い冒険者のひとりが頷き、笑って言った。
「俺たちの旅も、そんなふうに語られる日が来るといいな」
奏者は静かに三味線を抱き直し、目を細めた。
「旅とは"語り"、……語りとは"生き様"」
ぱん、と最後の一音。
風に吹かれた桜の花びらが夜空に舞い上がり、旅人が持つ酒に波紋を起こす――。
次回から新章突入です。
話はミリアたちの修行後から始まります。
引き続き、よろしくお願いいたします!




