Episode.7 規格外の魔法使い
ラズハルの夜は静かで、窓の外には淡い月光が差し込んでいた。
戦いの後、ミリアたちは宿の一室に身を寄せていた。
ライガは部屋の隅で腕を組み、椅子にふんぞり返っている。
リリシアはベッドの端で、毛布をぎゅっと握りしめて落ち着かない様子だった。
ミリアはそんな彼女にやわらかい声で話しかける。
「リリシア。行くあてもないなら、
私たちと一緒に旅をしない?」
リリシアはびくっと肩を震わせ、涙目で首を横に振った。
「た、旅って......ま、まさかザンガと戦う旅ですかぁ~!?」
「うん、父を探して、そしてザンガを討つ。
それが私の使命だから」
「む、無理ですぅ~っ!」
リリシアは毛布を頭までかぶり、
布団の中から泣き声を漏らした。
「ザンガは、見ただけで心が凍るんですよぉ~!
瘴気を吸っただけで人が倒れるのに、戦うなんて運ゲーですぅ~!
私、絶対死にますぅ~!」
その様子にライガは呆れたようにため息をついた。
「おいおい、布団かぶって泣くなっての。
けどまあ......気持ちは分からんでもねえな」
ミリアは少しだけ目を伏せ、
それでも真っ直ぐに言葉を返す。
「でもね、リリシア。ザンガがいなければ、
あなたは今も両親と暮らしていたんでしょう?」
その言葉に、リリシアの動きが止まる。
「......ザンガは、あなたの幸せを奪った。
私にとっても同じ。 だから私は、もう誰にもそんな思いをさせたくないの」
静寂の中で、リリシアのすすり泣きが聞こえた。
やがて小さく顔を出して、涙を拭う。
「......でも、私、弱いんです。
足手纏いになっちゃいますぅ~」
ライガが口を開く。
「生まれつき魔力量がとんでもねえって話だろ? 何言ってんだ」
「そ、それは......。 小さい頃、魔力が制御できなくて......
暴走したことがあって。 あの時、皆に“化け物”って言われたんですぅ......。
だから、怖くて、全力を出せなくなったんです」
その告白にミリアは胸が締めつけられた。
けれど、ライガはあえて軽く笑って言う。
「でもよ、お前、さっき闇魔法使ってたじゃねえか。
あれだって十分すげえぞ」
「そ、それは......闇だけじゃないんですぅ。
火、水、風、土、雷......光以外なら全部使えますぅ~」
「はあ!? 天才じゃねえかっ!」
ライガが思わず叫ぶと、
リリシアはびくっとしてまたミリアの背中に隠れた。
「ライガさんの声が怖いですぅ~!」
「お、おい、怖がらせる気はねえよ!?」
そのやりとりに、ミリアは思わずくすりと笑った。
「ふふっ......じゃあ決まりだね」
「へ?」
とリリシアが目を丸くする。
「ザンガと戦うかは、今すぐじゃなくていい。
でも、あなたを一人にしておくわけにはいかない。
だから、一緒に旅をしよう」
「......ミリアさん......」
「戦う時は私とライガが前に出る。
リリシアは後ろから支えてくれればいい。それで充分だよ」
リリシアはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「......わかりましたぁ......。
で、でも、泣いて逃げても怒らないでくださいねぇ......?」
「約束する」
ミリアが微笑むと、
リリシアもようやくほっとした表情を浮かべた。
こうして、奇妙で心優しい三人の旅路が本格的に始まった。
静かな宿の一室に、
やがてそれぞれの穏やかな寝息が重なっていく。
窓の外では、月が淡く光り、明日への道を照らしていた。
◆◆◆
夜明け前の薄明の中、
ラズハルの街を三つの影が歩いていた。
ミリア、ライガ、そして新たに仲間となったリリシア。
街の門をくぐると、澄んだ冷気が肌を撫で、彼らの旅路の再出発を告げていた。
「結局、黒い霧の正体も掴めなかったね......
振り出しに戻った、って感じだね」
ミリアが小さくため息をつくと、隣を歩くライガが肩をすくめた。
「まあ、そう落ち込むな。黒い霧だけじゃなく、
ザンガを研究してる奴らとかに当たるのもアリじゃねぇか?」
「ライガ、心当たりがあるの?」
ミリアが首を傾げると、ライガは胸を張って即答した。
「いーや、全くねえな!」
「......でしょうね」
ミリアの冷ややかな声が風よりも冷たく響く。
すると、リリシアがぽつりと呟いた。
「ライガさんって、見た目通りおバカなんですねぇ~」
「なっ......!? うるせえな! 誰がバカだ!」
怒鳴るライガに、リリシアはすぐミリアの背中に隠れた。
「こ、声が大きいですぅ~! 怖いんですぅ~!」
そんな二人のやり取りに、ミリアは苦笑を浮かべつつも、
「でもリリシア、あなたはザンガのこと、何か知っているの?」
「そうですねぇ......。王都でしたら、 ザンガみたいな世界の厄災について
研究してる人たちがいると思いますよ~。ただし情報を持ってるのは王族とか、
すっごく高貴な身分の人たちですけどねぇ~」
ミリアはしばらく考え込んだあと、
決意の表情を見せた。
「......王都に、当てがある。そこに向かおう」
「ほう、当てがあるのか。それなら話は早え!」
とライガが笑う。
リリシアも不安げながらも頷き、三人は王都への道を歩き出した。
昼を過ぎた頃、森の中を抜けようとしたときだった。
茂みから唸り声が響く。
牙をむくウルフ系の魔物が十数体、包囲を組んで現れた。
「チッ、面倒だな」
ライガが拳を鳴らす横で、ミリアはリリシアを振り返った。
「リリシア、少し見せてもらえる?
どのくらい戦えるかを知っておきたいんだけど……」
「えっ......わ、私ですかぁ!?」
しかしミリアが周囲を見回すと、リリシアの姿がなかった。
「......え?」
ライガがきょろきょろすると、数十メートル後ろの木の陰に、
リリシアがひょっこりと顔を出していた。
「こ、怖かったのでぇ~......距離取っちゃいましたぁ~......」
ミリアは苦笑しつつも、やさしく言葉をかける。
「怖かったら無理しなくていい。
でも、あなたの力を知っておきたいの。私が必ず守るから、安心して」
リリシアは一瞬戸惑い、それでもおずおずと前に出る。
「......わかりましたぁ。
でも危なくなったら絶対守ってくださいねぇ~」
「任せて」
ミリアの言葉に勇気づけられたリリシアは、小さく息を吸い込み、杖を掲げた。
瞬間、空気が震えた。
火、水、風、土、雷――五属性の魔法陣が同時に展開する。
「う、嘘だろ......!?」
ライガが目を見開く。
次の瞬間、轟音と共に光が弾け、五属性の魔法が一斉にウルフたちを撃ち抜いた。
高速で交錯する魔力の奔流。
ウルフたちは避ける間もなく地に伏し、森に静寂が戻る。
「......完了、ですぅ~」
リリシアが小さく呟く。
「ほぉ~......すげえな。見た目とのギャップがありすぎだろ」
ライガが呆然とつぶやくと、ミリアは少し眉を寄せた。
「確認だけど......あなた、本気は出してないのよね?」
「そうですぅ~。弱い魔法なら魔力コントロールは大丈夫なんですけど......」
ライガが半笑いで尋ねた。
「じゃあ、今のが“全力”だったらどうなるんだよ......?」
「う~ん......分かりません~。
でも、今の魔力消費は...... バケツいっぱいの水が全体の魔力量だとしたら......
そこから“一滴”垂らしたぐらいです~」
「............」
ミリアとライガは顔を見合わせ、同時に言葉を失った。
「お前......どうやったら、その実力でその性格になるんだよ......」
ライガのぼやきに、リリシアはまたミリアの後ろに隠れた。
「だ、だってぇ~、怖いものは怖いんですぅ~!」
三人の笑い声が森に響く。
まだ頼りないが、確かな絆の音だった。




