Episode.67 闇の女帝
――グランディア王都、崩壊の朝。
王宮を中心に大地が裂け、空は赤黒く染まっていた。
街の上空に、異形の影が蠢く。
その中心で、重々しい鼓動のような音が響いていた。
ドゥン……ドゥン……
王宮の塔がひとつ、またひとつと崩れ落ちていく。
祭壇の奥から、黒い瘴気が立ち上り――
それは巨大な“腕”となって地上に伸びた。
王が剣を抜き、叫ぶ。
「すべての兵に告ぐ!王都を守れ!民を避難させろ!」
騎士たちが動き出す中、アルトたちは広場に集結していた。
空に開いた亀裂の奥、ゆっくりと“それ”が姿を現す。
巨大な黒翼、紅蓮の瞳、全身に刻まれた刻印――
それこそ、千年前に封印された魔神"バルゼオス"。
「……あれが、“魔神”」
クロードの声は低く、しかし震えていた。
アルトは剣を構え、決意の炎を瞳に宿す。
「やるしかない。俺たちで止める!」
その瞬間、背後から漆黒の魔力が弾けた。
瓦礫の上に立つ影――エルシア。
闇に溶けるような気配を纏っていた。
「ふふ……愚かね。あの方はもう止められない。
でも――せめて、あなたたちの命くらいは奪っていくわ」
クロードが振り返る。
「アルト! 魔神は俺とお前で行く!後ろは任せるぞ!」
アルトは頷き、クロードと走り出した。
ツバキ、リナ、セシリアが残り、エルシアと対峙する。
瓦礫が舞う広場。
エルシアが手をかざすと、無数の黒い刃が生まれ、空間を裂いた。
「消えなさい……光の徒たち」
リナが燕武で回避し、ツバキが龍牙の呼吸で脚力を強化。
懐に飛び込む。
その剣筋は流れるようで、龍のように力強かった。
「はぁっ!」
刃がエルシアの頬をかすめ、赤黒い血が散る。
続けざまにリナが風の魔装で刃を重ね、セシリアが後衛から氷の槍を放つ。
しかしエルシアは片手を掲げるだけで、氷を砕き、衝撃波で三人を弾き飛ばした。
「その程度で私を倒せると思って?」
ツバキが立ち上がり、龍牙の呼吸を整える。
胸の奥が熱く燃え、血が駆け巡る。
「……思ってない。だが、やらなくてはならん!」
呼吸が深くなり、ツバキの全身から淡い血の蒸気が立ち上る。
ツバキは若くして龍牙の極地に到達する。
そして魔装と龍牙――二つが融合する。
エルシアの背後を取るように動き、流れるような連撃を叩き込む。
「はああっ!!」
エルシアが咄嗟に防御するも、刀が深く肩口を貫いた。
闇の女帝が初めて苦痛の表情を見せる。
「……この、下等な……ッ!」
瞬間、周囲の魔力が暴走する。
黒い柱が天へと立ち上がり、爆発的な衝撃が広場を飲み込んだ。
「ツバキッ!!」
リナが叫ぶが、ツバキは爆風に巻き込まれ、瓦礫の中へ吹き飛ばされる。
しかし――その隙を、セシリアは逃さなかった。
「氷槍!!」
ツバキが裂いた傷口をさらに抉る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
あまりの痛みにエルシアは初めて断末魔をあげた。
すかさずリナは龍牙の呼吸で脚力を強化。
爆発的な踏み込みでエルシアに接近する。
しかしエルシアも接近を許さない。
「……っ! 目障りよ……!!」
エルシアが手を掲げて発動した魔法陣からは無数の黒い刃が――。
リナは刃を弾きつつ、燕武でかわす。
しかし全ては捌ききれない。
(ダメだ……!一旦距離を……)
「リナッ!!そのまま突っ込んで!」
後ろからセシリアの声が。
リナはニヤリと笑って黒い刃に突っ込んでいった。
「氷弾!!」
セシリアの無数の氷弾が刃を全て弾き落とした。
リナの風の魔装が輝き、全身が淡い緑の光に包まれる。
「これで……終わらせる!!」
「調子に……っ!! のるなぁぁぁ!!」
エルシアの背中から黒い翼が生えて飛びあがろうとした時――。
「葬氷の陣!!」
エルシアの足元が一瞬で凍り、両足を拘束した。
刹那――。
風が収束し、鋭い刃となって一直線にエルシアの胸を貫いた。
空気が震え、光が爆ぜる。
エルシアの身体が崩れ始める。
苦しげに息を吐きながらも、その唇に不気味な笑みを浮かべた。
「……終わらない……もうすぐ……
“魔神の力”が……この世界を……喰らうのよ……」
そう呟くと、エルシアの身体は黒い靄となって消え去った。
一方、王都の中心。
天空を裂くような咆哮が響く。
魔神の腕が振り下ろされ、地面がクレーターのように抉れる。
クロードは火属性と雷属性の魔装を纏い、
その一撃を剣で受け止め、地面を滑りながら叫んだ。
「アルト! まだ立てるか!」
アルトは血に濡れた頬を拭い、頷いた。
「立てるさ……まだまだぁぁ!!」
魔神の瞳が光り、周囲の大地から黒い触手のような魔力が伸びる。
二人はそれをかわしながら、必死に反撃を続けた。
だが、魔神の力は圧倒的。
クロードの剣が弾かれ、アルトの身体が吹き飛ばされる。
瓦礫の中に倒れ込む二人。
クロードは血を吐きながら笑った。
「……クソ……これが……魔神ってわけか……」
空には、再び黒い光が集まり始めていた。
魔神"バルゼオス"が完全に覚醒しようとしている。
アルトがよろめきながら立ち上がる。
「負けるわけにはいかない……
……ここで、止める!」
その目に宿る光は、確かに“希望”の輝きだった。




