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Episode.65 龍姫の血

ディアスが崩れ落ちた後、祭壇を包む光がさらに強くなった。

その中心に、透き通るような女性の姿がゆっくりと形を成していく。

肌は白磁のように滑らかで、黒龍を従え、瞳は星のように輝いていた。


「……あなたが、“龍姫”?」


リナが息を呑む。

女性は静かに微笑んだ。


「よくぞここまで辿り着きました、選ばれし者たちよ。

 私は龍姫ティナ。龍の血を司りしもの」


彼女が手をかざすと、祭壇の蒼光がアルトたちを包む。

身体の奥から熱が溢れ、何かが目覚める感覚――。


「これは……龍気?」


「あなた方の力を確かめました。

 龍の血はあなたたちの元に」


蒼き粒子が集まり、変形する。

蒼く輝く“龍姫の血の結晶”。

それを手に取ったアルトは、確かな重みと共に新たな覚悟を抱く。


「――闇は、もう動き始めています」


「闇……? 魔族のことか?」


「ええ。刻印の魔物たちの暴走、封印のほころび。

 そして……“魔神の器”が、完成に近づいている」


ティナの声が静かに震える。

アルトは拳を握りしめた。


「なら、俺たちが止める。どんな闇だろうと、絶対に」


龍姫は穏やかに頷いた。


「あなたの光が、道を照らすでしょう。

 ――行きなさい、勇き者たち。

 運命の刻はすぐそこにあります」


龍の渓谷を後にしようとしたその時――

渓谷の空気が突如として変わった。

風が止み、空が揺れる。

大地の奥から“何か”が近づいてくる。


「……嫌な気配だ」


クロードの声が低く響いた。

剣を抜く音が乾いた空気に鳴り響く。

次の瞬間、漆黒の霧が辺りを覆い、そこから人影が現れた。

黒いローブに身を包み、赤い瞳が妖しく光る。

背に黒炎を揺らめかせながら、男が口角を上げた。


「……やはりここか。龍姫の血――貴様らが手に入れたか」


「お前は……!ヴァルゼス!」


アルトの声に、魔族は薄く笑う。


「忘れられた神殿にいた人間か。

 人間にしてはできるようだな」


その瞬間、周囲の岩が爆ぜ、黒炎が大地を焼いた。

その熱は空気を歪ませ、砂が瞬時に蒸発する。


「くるぞ!」


クロードが前へ出た。

彼の身体から赤いオーラが立ち上る。


「みんな下がれ! こいつは俺が――」


「一人じゃ無理だ! 一緒に戦う!」


アルトが叫び、ツバキが刀を抜いて並び立つ。


「なら、前線は俺とお前とツバキで行く。

 後衛は支援を頼む!」


「「了解!」」


リナとセシリアの声が重なる。

激戦が始まった。

ヴァルゼスの黒炎の槍が雨のように降り注ぐ。

クロードはそれを剣で弾き返し、燕武と龍牙を融合させたアルトが

その隙を突いて斬撃を叩き込む。

だが、魔族の力は凄まじかった。

炎をまとった掌撃がアルトを吹き飛ばそうとするが――。

クロードが間に入り、盾のように攻撃を受け止めた。


クロードの剣が閃いた。

炎の魔力が彼の周囲を包み込み、解放された。


「魔纏解放(まてんかいほう)――烈火魂道(れっかこどう)」


その名を告げると同時に、クロードの周囲が高熱に晒された。


「……っ!? クロード!……すげぇ」


クロードの凄まじい魔力にアルトは驚愕した。

ツバキはあまりの衝撃で言葉が出ない。

クロードは地を蹴った。

轟音。

視界が消えた。

次に見えたのは、クロードとヴァルゼスが刃と拳をぶつけ合い、

空中で爆光を撒き散らす光景。

その衝撃波だけで、後方にいたアルトたちは数歩後退させられた。


「は、速すぎる……!」


「動きが……見えない!」


ヴァルゼスが黒炎を放つ。

炎の槍が降り注ぐが、クロードはすべての軌道を読み切り、

最小限の動きで回避する。


「おもしろいな、人間……貴様、ただの人間ではないな」


「ただの冒険者だって言ったら、納得するか?」


クロードは不敵に笑い、両手で剣を握りしめた。

炎が巨大化する。

次の瞬間、クロードの熱を帯びた剣が火花を放ち、

ヴァルゼスの黒炎を真っ二つに裂いた。

ヴァルゼスの防御が間に合わず、魔力障壁の一部が砕け、血が飛び散る。

しかし、ヴァルゼスは笑った。


「人間ごときがこの私の血を流すとは……実に興味深い」


黒炎が爆ぜ、瞬時にクロードの懐に飛び込む。

拳が、炎をまとってうなりを上げた。

クロードはとっさに剣で受け止める――が、衝撃で地面が抉れ、岩が弾け飛ぶ。


「この程度で……倒れるかよッ!!」


クロードは踏み込み、渾身の突きを叩き込む。

互いの魔力が衝突し、渓谷全体が揺れた。

激しいぶつかり合い。

それは“人間と魔族”という枠を超えた、

まるで神々の戦いのようだった。

そして――


「今だ、アルト!ツバキ!」


クロードが隙を作った瞬間、アルトとツバキが飛び出した。


「光武一閃ッ!!」


「風牙一閃ッ!!」


ふたつの技が交差し、ヴァルゼスの動きを止める。

アルトはその一瞬を逃さなかった。

先ほどのクロードの魔纏解放を見ていたアルトは

見よう見まねで全身の光魔装を解放した。


「これで――終わりだぁぁぁぁぁッ!!」


光属性の魔装が剣から弾け、閃光が闇を切り裂く。

ヴァルゼスの胸を一直線に貫く。

黒炎が暴発し、地鳴りが轟く。

ヴァルゼスは膝をつき、ゆっくりと笑った。


「……まさか、この私が……人間に……」


血を吐きながら、赤い瞳が不気味に光る。


「だが……もうすぐだ。“魔神の器”が完成する……」


その言葉を残し、ヴァルゼスの体は闇の粒子となって崩れ去った。

アルトは剣を下ろし、肩で息をついた。

クロードも剣を地面に突き立てながら、ゆっくりと笑う。


「やっぱり……魔族は手強いな」


「でも、クロードは勝てた」


「いや、勝ったのは――お前たちがいたからだ」


クロードはアルトの肩を軽く叩いた。

その眼差しは、確かに“仲間”のものだった。

リナが駆け寄り、息を整えながら言う。


「これで素材は全部揃ったね……!」


「ああ。でも、奴が言ってた“魔神の器”ってのが気になる」


沈黙の中、龍姫ティナの声が再び響いた。


「あなたたちの戦い、確かに見届けました。

 王都グランディア――そこに“魔神の器”が完成しようとしています」


空を裂いて、一体の銀の龍が舞い降りた。

ティナの声が風に溶ける。


「この龍に乗りなさい。あなたたちの光を、王都へ――」


アルトたちは頷き合い、龍の背に乗った。

空へと舞い上がる。

風を切り、光を裂きながら、龍は飛翔した。

向かう先は、王都グランディア。

そこには、闇の胎動と、決戦の刻が待ち受けていた。

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