↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
61/109

Episode.60 忘れられた神殿

――太陽が沈み、夜の帳が砂漠を包み込む。

月光の下、アルトたちは忘れられた神殿の入口に立っていた。

重厚な石扉の隙間からは冷たい風が吹き抜け、奥に潜む何かの気配を運んでくる。

ジークが静かに前に出た。


「……俺が先行する。罠の匂いがする」


そう言うと、身を低くしながら影のように奥へ消えていった。

少しして、かすかな「カチッ」という音と共に、ジークの声が響く。


「踏むな。その床、仕掛けがある」


彼が短剣で床を突くと刃が弾かれ、その瞬間、鋭い矢が壁から一斉に飛び出した。

アルトたちは思わず息を呑む。


「……ジークがいなかったら、今ので終わってたね……」


リナの言葉に、アルトも小さく頷く。

その後もジークは冷静に進路を確保し、

見えない糸や圧力式の床を一つひとつ解除していく。

その動きはまるで闇に溶ける黒豹のようだった。

通路を抜けると、次は急な下り階段。

石畳は崩れ、足を踏み外せば奈落に落ちかねない。


――その時。


奥から、地響きが鳴り響いた。


「アルト、上っ!」


リナの叫びと同時に、巨大な岩が転がり落ちてきた。

狭い通路を埋め尽くすように迫る岩に、誰もが息を呑む。

ツバキが一歩前に出て、刀を抜いた。


「覇ッ!」


刃が閃くと同時に、岩が音を立てて真っ二つに割れた。

割れた破片が両脇の壁を削りながら通り抜け、砂埃が舞い上がる。

だが、すぐに別の危機が訪れる。

上部の壁が崩れ、大量の砂が流れ込んできたのだ。


「このままじゃ埋まる!」


アルトの声に、セシリアが杖を掲げた。


「水盾(アクア・ウォール)!」


轟音と共に水の壁が生まれ、砂流を押し止める。

しかし、その圧力にセシリアの額には汗が滲む。

アルトとリナが彼女を支え、ジークが手際よく崩落した瓦礫を取り除く。

ラシードとナディアも補助魔法をかけ、どうにか通路を切り抜けた頃には、

全員が息を荒げていた。


「……これ、神殿に入って正解だったのかな」


リナが弱音を漏らすと、ラシードが微笑を浮かべる。


「簡単に辿り着けたら意味がないだろう」


長い階段を下りきると、目の前に広大な空間が広がった。

石造りの広間――天井は高く、壁には古代文字が刻まれ、

中央には巨大な魔法陣のような模様が描かれている。


その中央に、ひとりの人影が立っていた。

長い黒髪が月明かりに揺れ、背には黒い外套。

ゆっくりと振り返ったその瞳は、血のように赤く光っていた。

そして、額には黒い角――。

誰もが一瞬で理解した。

“人間ではない”。


「……魔族」


アルトが呟くと、男は口の端を上げた。


「ほう、こんなところに人間が来るとはな……」


その声には圧倒的な威圧感があった。

ツバキが刀を構えるが、手が震えている。

アルトの背中にも冷たい汗が流れた。

この男――格が違う。


直後――

男の足元に黒い魔法陣が浮かび上がる。


「退屈しのぎだ。せめて少しは楽しませてみせろ」


魔法陣から轟音が響き、炎と煙が立ち上がる。

そこから現れたのは、獅子の胴、蛇の尾、

そして山羊の頭を持つ異形の魔獣――キマイラ。

灼熱の息が吹き荒れ、広間の空気が一気に焦げる。

アルトは剣を構え、仲間たちが陣形を取る。


「行くぞ、みんな!ここで立ち止まるわけにはいかない!」


リナが風を纏い、セシリアが魔法の詠唱を始める。

ツバキは刀を抜き、ジークは短剣を握りしめた。

ラシードとナディアも構えを取る。

魔族が微笑みながら、黒い霧の中に身を沈めた。


「せいぜい足掻け。せっかくの命だ」


次の瞬間、キマイラが咆哮を上げ――

轟音と閃光が広間を覆い尽くす。

――轟音が、神殿の最下層を揺らした。

黒い炎を纏ったキマイラが咆哮を上げる。

岩の天井が軋み、砂がざらざらと降り注ぐ中、アルトたちは一斉に構えた。


「くそっ、でけぇ……!」


アルトが剣を構える間もなく、獅子の頭が火炎を吐いた。

炎が地を焼き、焦げた匂いが広間を満たす。


「アルト、下がって!突風(ガスト)!」


リナが風の魔法を放ち、炎の軌道を逸らす。

すぐさまセシリアの水の魔法が迸り、焼けた空気を冷ます。

そこへラシードが一歩、静かに前へ出た。


「焦るな。燕武(えんぶ)は“力”よりも“流れ”だ」


彼は獣の爪を滑らせるように受け流し、掌底を叩き込んだ。

乾いた衝撃音。

キマイラの体がのけぞる。


「おお……素手で!?」


リナが思わず声を上げたが、ラシードは一切視線を逸らさない。

ツバキが続く。


「今!」


風を切る音。

刀身が閃き、キマイラの尾の蛇を一閃で斬り落とす。

すぐさま蛇が再生を始めたが、その一瞬の隙を逃さず、アルトが突き込んだ。


「光武一閃ッ!」


アルトの剣が光を帯びる。

燕武の動きを織り交ぜた剣撃が獣の脚を切り裂き、

セシリアの詠唱がそれに続く。


「水撃(アクア・インパクト)!」


巨大な水の爆撃が獣の体を押し流す。


「今だ――!」


アルトが剣を掲げ、光の魔力を集中させる。

白銀の輝きが刀身を包み、渾身の斬撃がキマイラの胸を貫いた。


――閃光。


咆哮が途切れ、巨体が崩れ落ちた。

黒煙となって消えゆくその姿を、全員が無言で見つめた。


……静寂。


荒い息を吐きながら、アルトが剣を下ろした瞬間――。


「人間の分際で、よくもそこまでやるものだ」


冷たい声が響く。

男は薄く笑った。


「我が名はヴァルゼス。

 闇の魔神"バルゼオス"に仕える魔将の一人」


その名にセシリアが息を呑む。

エルフの里で聞いた伝説が脳裏に蘇った。


「お前も“刻印の魔物”に関係しているのか?」


アルトの声が低く響く。

ヴァルゼスは肩をすくめ、愉快そうに笑った。


「そうだ。あれは我らが魔神の復活のための“苗床”だ。

 人間どもが怯え、絶望し、命を落とす――

 その魂の残滓が刻印を通じて吸い上げられる」


「……魂を、エネルギーとして……?」


リナが青ざめる。


「そう。人間どもが恐怖し、滅びれば滅びるほど、封印は解かれる。

 我らは各地で“刻印の魔物”を量産している。

 すべては、主を再びこの世に降ろすためにな」


「そんなこと、させるわけにはいかない!」


アルトが叫ぶが、ヴァルゼスはあざ笑うように目を細めた。


「止められるのなら止めてみるがいい。

 だが――人間風情が、どこまで抗える?」


黒い魔力がヴァルゼスの周囲に渦巻く。

次の瞬間、彼の姿は闇の裂け目に吸い込まれるようにして消えた。

静寂が戻る。

アルトは強く拳を握りしめた。


「……やっぱり、アーティファクトを完成させるしかない」


その時、広間の壁に埋め込まれた宝石が淡く輝いた。

古代の文様が光を帯び、壁の奥から神秘的な風が吹き抜ける。

アルトが宝石を手に取ると、それはまるで応えるように温かな光を放った。


「これが……アーティファクトの材料、“砂漠の神殿の宝石”ね……」


セシリアが呟く。

皆の顔に安堵と決意が混じる。

目的を達した一行は神殿を後にした。


◆◆◆


神殿を出たとき、砂漠の空は夕焼けに染まり始めていた。

熱い風が吹き抜ける中、アルトは遠くを見据える。


「刻印の魔物を止める。魔神の復活を阻止する。

 そのためにも、俺たちはもっと強くならないと」


リナが笑う。


「まったく……休む暇もないね」


ツバキが刀の柄に手をかけ、にやりと笑った。


「ふっ、望むところだ!」


ラシードは短く頷く。


「迷いが消えた目だ。今のお前たちなら、進めるだろう」


砂を踏みしめ、彼らはサラスキアへの帰路につく。

背後では、崩れかけた神殿が夕陽の中に沈んでいった。

――そして、アルトの胸には新たな決意が灯っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。