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Episode.59 砂漠に咲く華

修練場の扉が勢いよく開かれた。

砂埃が舞い上がり、その向こうから威風堂々とした声が響く。


「たのもーーーっ!!!」


その瞬間、アルトの胸がざわついた。

この声――聞き覚えがある。

砂煙の中から一人の女剣士が姿を現す。

長い黒髪をひとつに結び、東国の武士服を纏っている。

腰には刀。その眼差しは鋭く、しかしどこか懐かしさを感じさせた。


「……ツバキ!」


アルトが名を呼ぶ。

女剣士はニッと笑い、肩をすくめた。


「やっぱりお前か、アルト。久しいな!」


リナが驚きの声を上げる。


「まさか、ここで会うなんて……!」


「武者修行の旅の途中でな。いろんな国の武術を体験してきたんだ。

 そして、この砂の国に“燕武”という面白い武術があると聞いてな……。

 試してみたくなったのさ」


ラシードが腕を組み、にやりと笑った。


「ほう、俺たちの燕武に興味があるか。お前ら、知り合いか?」


「ああ……以前、戦ったことがあるんだ」


「そうか。ならちょうどいい。今から模擬戦をやるところだった。

 見せてもらおうか――お前たちの成長を」


ラシードの声で、修練場の空気が一変する。

観客としてリナ、セシリア、ナディアが見守る中、

アルトとツバキは向かい合った。


「またお前とやれるとはな。手加減しないぞ」


「それはこっちのセリフだ!以前の私ではないぞ!」


互いに構え、沈黙。

砂の上で風が舞い、緊張の糸が張り詰める。


「始めっ!」


ラシードの合図と同時に、二人の姿がかき消えた。

鋭い金属音。

アルトの剣が閃き、ツバキの刀がそれを受け流す。

燕武のしなやかな体さばきで、アルトは地面を滑るように動き、

魔装を発動――剣が淡く光を帯びる。

ツバキも負けじと反撃。

舞うような抜刀から一閃、連続の突き。

動きが速すぎて、目で追うのがやっとだった。


「くっ……さすがだな!」


「そっちこそ、前とは比べものにならない!」


互いに距離を詰め、火花を散らす剣戟。

アルトの燕武による回避とカウンター。

ツバキの東国剣術の鋭い踏み込み。

攻防が重なり、砂塵が舞い上がる。

リナが息を呑んだ。


「二人とも……もう、人間の動きじゃないね……」


アルトが魔力を込める。剣がまばゆく輝く。


「光武一閃(こうぶいっせん)!」


一瞬で距離を詰め、ツバキの防御を崩しにかかる。

だが、ツバキは鞘を利用して受け止め、反転。

燕武の流れを読み、逆に利用するように動いた。

刃と刃が交わり、互いの首元に突きつけられる。

――完全な同時。

静寂の中、ラシードが手を上げた。


「そこまで! ……引き分けだな」


アルトとツバキは同時に息を吐き、剣を下ろした。

汗が頬を伝うが、どちらも清々しい笑みを浮かべていた。


「……本当に強くなったな……ツバキ……」


アルトが呟く。

ツバキは得意げに笑い返した。


「アルトもな。たくさんの強者と戦ってきたが、

 やはりお前は格別に強いな!今度は勝てると思ったんだがな……」


リナとセシリア、そしてラシードとナディアも拍手を送る。

その後は皆で交互に模擬戦を行い、互いに技を高め合った。

燕武の型、魔装の流し方、動の中の静。

数日の稽古の果てに、ラシードからの言葉が響く。


「これでお前たちは――燕武の免許皆伝だ。

 あとは実戦の中で磨け」


アルトたちは深く一礼した。

その夜、修練場に沈む夕日が砂を赤く染めていた。

食事の席で、アルトはラシードとナディアに旅の目的を話す。

刻印の魔物、アーティファクト、そして魔族の脅威。


「なるほどな……砂漠の神殿の宝石、か」


ラシードが腕を組む。


「聞いたことはないな……」


ナディアも首を横に振る。


「でも、この国の領主様なら何か知っているかもしれないわ。

 昔から遺跡の調査に熱心な方よ」


ラシードが立ち上がる。


「よし、明日案内してやろう。領主殿に話を通す」


アルトたちは頷き、夜空を見上げた。

満天の星が砂の海を照らす。

新たな道が、またここから始まろうとしていた。


◆◆◆


黄金の太陽が空高く昇り、砂の国サラスキアの街は熱気に包まれていた。

白い石造りの家々が連なり、香辛料と果実の香りが風に混じる。

アルトたちはラシードの案内で、街の中心にそびえる壮麗な宮殿へと向かっていた。

広い中庭には噴水が輝き、砂漠の花が咲き乱れている。


その奥――玉座に座っていたのは、

サラスキアの領主、キャトラ・バステリア。

黒髪に金色の瞳、頭には柔らかそうな猫の耳。

白と金の民族衣装をまとい、首にはエメラルドのペンダントが揺れている。

その佇まいは気品に満ち、どこか愛嬌も感じさせた。


「お前たちがアルトたちね。

 ラシードから話は聞いてるわ」


優しい声で微笑みながら、キャトラは玉座から立ち上がった。

アルトは一歩前に出て、深く礼をする。


「お目にかかれて光栄です、キャトラ様。

 俺たちは砂漠の神殿に眠る宝石を探しています」


「……なるほどね」


キャトラは軽く顎に手を添えると、ゆるやかに頷いた。


「この国の南西に、三日ほど歩いた先に“古代遺跡”があるの。

 そこを進めば――"忘れられた神殿"に辿り着くはずよ。

 神殿っていうのはおそらくそこね」


セシリアが目を丸くする。


「本当に……存在するのね」


「ええ。ただし、神殿の中は迷路のように入り組んでいるわ。

 それに、魔物も多い。だから案内人をつけるのがいいと思う」


そう言ってキャトラが指を鳴らすと、後方の扉から一人の男が姿を現した。

頭に黒いバンダナを巻き、鋭い眼光を光らせる男。

黒の上着を羽織り、腰には短剣。

全身から無駄のない静かな気配が漂っている。


「彼が案内役のジーク。元は盗賊だったけど、今は遺跡調査の専門家よ」


ジークは軽く会釈をするが、口を開かない。

アルトが挨拶しようとすると、短く低い声が返ってきた。


「……任務は案内だけだ。ついてこい」


リナが小声でつぶやく。


「なんか……怖い人だね……」


「寡黙なだけだ」


(聞こえてた……)


キャトラが小さく笑った。


「少し口が悪いけど、腕は確か。

 迷わず神殿まで案内してくれるはずよ」


アルトは頷き、丁寧に頭を下げた。


「ありがとうございます、キャトラ様。

 必ず目的を果たして戻ってきます」


「ふふ、無事で帰ってきなさいね。

 砂漠は見た目よりずっと厳しいから」


玉座の間を後にしようとしたとき、ツバキが入口で待っていた。


「話は聞かせてもらった。

 神殿に行くのだな?面白そうだ。私も行こう!」


「ツバキ……お前も?」


「修行の一環だ。こういうのは経験がモノを言う」


ラシードが苦笑しながら頷いた。


「ま、ツバキが加わるなら心強いな」


アルトがふとラシードとナディアを見やる。


「ラシードたちも……一緒に来てくれるのか?」


ラシードは少しだけ笑みを浮かべた。


「弟子が困っているなら、師匠が助けないとな」


ナディアも微笑む。


「砂漠の風は読みにくいわ。

 安全のためにも、私たちも行くべきでしょう」


アルトは胸の奥に熱いものを感じた。


「……ありがとう」


◆◆◆


三日間の旅は過酷だった。

昼は焼けつくような熱風、夜は骨の髄まで冷える寒気。

砂嵐が吹き荒れ、何度も進路を見失いかける。

そのたびにジークが前を歩き、砂に埋もれた岩や星の位置を頼りに進んでいった。


「ここを南西に折れる。風の流れが変わった」


彼の声は短く、正確だった。

夜になるとラシードが焚き火を囲んで指導する。


「燕武も魔装も、状況を読んでこそ生きる。

 無駄に力を込めるな、流れに乗れ」


アルトは汗を流しながら剣を振り続けた。

――そして三日目の夜明け。

砂の向こうに、巨大な影が現れた。

崩れかけた石造りの門。

壁には古代文字がびっしりと刻まれ、風が不気味に唸る。


「……着いたぞ」


ジークが静かに言った。

彼の声に一行が顔を上げる。

アルトは息をのむ。


「神殿はこの奥だ」


ジークが懐から灯りの魔石を取り出し、足元を照らす。

ツバキが刀の柄に手を置く。


「面白くなってきたな」


リナが苦笑する。


「ツバキはやっぱり怖いもの知らずだね……」


アルトは仲間たちを見渡し、頷いた。


「行こう。ここからが――本当の試練だ」


七人の影が、ゆっくりと暗闇の中へと消えていった。

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